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第一の課題の顛末1

 「それはそうだが」乗月王子が眉を顰める。「それで納得するだろうか。状況証拠でしかないだろう」

 「沈家の情報を出せ」碧旋が昇陽王子に向かって手を伸ばす。「あるだけ」

 わあ、まただ。夏瑚は内心で悲鳴を上げる。不敬もいいところだ。隣で劉慎も喉を詰まらせているし、盛墨がぽかんと口を開けてしまっている。盛容も流石に昇陽王子と碧天を交互に何度も見る挙動不審に陥っている。


 昇陽王子の側近で護衛の関路が平然と突っ立っているのが不思議だ。

 いや、一瞬右手を握り締めていた。だが、視線は自分の主に向けられていて、当の昇陽王子が怒りも見せず、関路に「資料を持て」と命じたので、部屋をあっさりと出て行く。

 「どうするのだ、兄上?」乗月王子も碧旋の態度には特に触れず、話を続ける。


 「私の立場としては、田爵の不利益にならぬよう守ることが第一義だ。田爵の客人たちを守るのは、それが田爵の利益となっているからだ。ひいては公爵家の利益となる可能性がある。だから、可能であれば彼らをも守るつもりでいるが」昇陽王子が言葉を切り、部屋の中が一瞬無音になった。

 「それで論科の課題としてはどうなる?」碧旋が真直ぐに言い返す。「彼らの取り組みのためにここに来たのだろ?あくまで観察だけするのか?それで失敗でした、と?」


 「かと言って、男爵を力づくで黙らせるのも問題では?」昇陽王子が言い、「何かいい手があれば提案してくれ。できることがあればするつもりだ」

 「状況を共有しよう」碧旋が呟く。「沈と周とは状況を話し合うべきだ」「それについては同感だな」昇陽王子が頷く。

 関路が戻ってきて、手にした数冊の冊子を自らの主人に渡そうとするが、昇陽王子が軽く首を振ると、それは碧旋に手渡された。


 碧旋が床に座り込んで、頁を捲り始める。

 続いて扉を叩く音がする。「周です。お呼びと伺いました」「入ってくれ」昇陽王子が許可を出すと、静かに扉が開き、周と沈がゆっくりと歩いてきた。その後ろに客人の中の一人の男が中を覗きこもうとしていたようだが、関路が無表情で扉を閉め、その前に立った。


 「少し話がしたい。そちらに」昇陽王子が椅子を示すと、二人は警戒した様子のまま、言われた通りに座った。「皆も座れ」と言われたので、扉の前にいる関路と床に座り込んでいる碧旋以外の面々が椅子に腰かけた。

 夏瑚は周が手にした帳面に目を留め、「周さん、その帳簿を確認させていただける?」と申し出た。「はい」周は抑えた表情のまま、帳簿を差し出す。その後ろで、沈が微かに表情を歪めた。


 劉慎がちらりと昇陽王子と乗月王子に目線を投げた。二人は小さくうなずいたので、「ここで今から話すことは、許可が下りるまでは他言無用に願う」と周たちに言い渡す。

 「許可?」沈がむっとしたらしく、声が尖った。沈と知り合ってから初めて、彼の感情が垣間見えた。

 一応、両王子は商人の子息ということになっている。二人にもそう紹介された。もちろん、ただの商人だとは思われていないだろう。貴族のお忍びだと思われている可能性が高い。周たちの振る舞いから、そう言う可能性を考えていることが窺えた。


 だが、沈ももともとは男爵の嫡男だ。商人に扮してこんな田舎に物見遊山に来る貴族の子息程度、それほど有力な貴族だとは考えていないのだろう。商売の種、領地経営の手掛かりを探して行動しているのなら、比較的小さな領地を持ち、資金繰りに悩む弱小貴族なのでは、と推測しているのかもしれない。特に遜ることもなく、夏瑚たちをうまく避けていた。万が一、見知った誰かとの接点があったりしたら、厄介事の元である。お互い面識はなくとも、護衛の一人が以前の雇い主の元で見かけたことがある、というような薄いつながりでも素性が判明することもある。

 周の優秀さが目立っていたが、沈もなかなか抜け目がないようだ。

 それでもこのように綻びが見えるのは、育ちのせいか、それとも周と二人で呼ばれたためか。


 「よいしょっと」碧旋がやや大げさに言いながら立ち上がり、机の上に冊子を置いた。続いて、そのまま数歩進んだかと思うと、突然拳を振りかざして、沈の顔に放った。

 沈は一声叫ぶと、辛うじて体を仰け反らすことで拳を避けた。「何しやがる!」数歩下がって態勢を立て直すと、沈も拳を固めて碧旋に放つ。碧旋は体を揺らしてそれを躱したが、動いたのは上半身だけで、足元は動かなかった。

 「そこそこ素養はありそうだな」盛容が沈を論評する。「お前、師は誰だ。剣術も習っていたのだろう?」問いかける表情は笑いを含んでいる。

 「盛容、二人でちょっと相手してやろう」碧旋が楽しげに言い、盛容は大きくうなずいて、沈の前に立ち、その両方を両手でがっしりと掴んだ。

 「いや、それは」沈は呟く。先ほどまでの剣吞さが薄れ、戸惑いの色が浮かんでいる。


 「稽古をつけていただけるのですね?」と割り込んだのは周だった。

 「稽古をつけるというか、練習試合みたいなもんだ」と盛容が答える。「ご心配なく。兄は東夷流の師範代ですから、腕は確かですし、怪我をさせるような練習はしませんよ」横から口を出した盛墨は、夏瑚に自慢の商品を売り込む行商人を思い出させた。

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