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客人たち6

 それでも田爵にとっては良き隣人だった。

 男爵の嫡男だけあって、田爵相手にも構えることなく接する沈と、誰に対しても丁寧で愛想よく接する周。二人とも基本的には真面目で、深酒や女遊びもせず、ほぼ毎日何らかの仕事をしていた。

 田爵は一定の距離と取りつつも、二人を見守ってきた。


 少しずつ農業が軌道に乗り、人手について相談されたとき、孤児院の子供を雇うことを提案したのは田爵だ。

 家業が繁盛している場合は、子供は跡取りとして必要なので、労働力として流失することはない。

 家業が破綻すると、流動的な労働力になるが、そう言う場合、大抵都会に出て行く者が多い。都会の方が仕事の数が多く、また、家業が破綻したときに借金を背負ったりし、素性を隠して逃げるには都会のほうが向いている。

 田舎は伝手がないと、滞在するのは難しい。

 沈たちの場合は特殊な件だと言える。田爵の腕と、公爵家の情報収集能力があってこそ、二人を受け入れることが可能だったが、普通の平民ではそこまでわからないので、門前払いしたほうが安全なのだ。


 孤児は家業が破綻し、親が亡くなった子供の行きつく先だ。

 けれど流石に子供に親の借金を科すことは、法で禁止されている。

 家業が成立している場合は、親せきなどが家業を受け継ぎ、子供も養育することが多い。そうしなければ一種の乗っ取りになるから、周囲からも認められず取引先も失う。

 孤児は親も財産も就くべき職業も失っている。何の柵もない真っ白な労働力でもある。

 成人する孤児には仕事の斡旋がされる。労働力が欲しい事業者が申告しておき、孤児院の運営者が孤児に紹介する。


 事業としては、新しく人を雇えるようになったこと、人を雇ってさらに事業を拡大していることは望ましい。

 しかし、沈と周の距離の間に、別の人間が入り込んでくることになったのだ。

 周は部下となった孤児に作業の細かなところまで教え、生活の面倒を見た。彼らも田爵の離れに住み始めたからだ。基本的な生活習慣は身についており、掃除も洗濯も料理もできるが、ここでのやり方や田爵に渡せるような料理などを教わった。

 沈は基本的には元孤児たちとも距離を取っていた。沈も作業はする。しかし必要なことしかしゃべらないし、一人でやっている作業も多かった。沈が何の作業をしているのか、孤児たちにはわからない場合もあった。


 「それでも田爵が介入するような大きな揉め事はなかったんだが」「何かきっかけがあったんですか?」盛墨が尋ねる。

 「田爵が気付いたんだ。探りを入れられていることにね。まあ、かなり露骨なやり口だったそうだから」

 近隣の町で、聞き込みをされれば、噂になるのは当たり前だ。田爵自身も周辺の町の行政官とは、いわば元同僚であり、顔見知りであり、定期的に情報交換や相談を繰り返している仲だ。文官ではないが、公爵への忠誠心が固く、領地の歴史や過去の出来事を知っているためにいい相談相手となるらしい。


 「では、先ほどの侵入者も同じだと」「恐らくは」「素性も判明しているのですね?」劉慎が念を押すと、「先ほどの者の正体はわからぬが、田爵や客人について聞きまわっていたのは、沈家の者だ」

 「それは奇妙ですね」夏瑚の口から思わず言葉が零れる。

 「確かに。嫡男が失踪した当時、一か月で捜索を諦めたにもかかわらず、なぜ今頃になって?」乗月王子が夏瑚の思いを代弁する。

 「沈男爵が病に倒れた。後継者はまだ未成年で、成人するには一年はかかる。後継者の次子は第二夫人の子だ。正室が自分の子の行方の情報を掴んだのだろう」


 男爵は嫡男を諦めても、正室は諦めきれていなかったのか。男爵が健在の間は行動できなかったが、男爵が病床に伏せば、正妻は男爵の代理を務めることになる。男爵の配下も自分の思惑で動かすことができるようになったということだろうか。

 夏瑚は少し後ろに控えていた姫祥を手招きし、「田爵にお伝えして。お客人が滞在された年から今までの帳簿類をご用意いただきたいと。周殿にも、ここへ来てからの記録を用意するように知らせてちょうだい」


 「鳥を送ったほうがいい」碧旋が昇陽王子に告げる。「それから使者を。先遣隊は送れるか?」

 「一応遣いは出しているが、まだ到着はしていないだろうな。周殿に鳥を使わせよう。先遣隊は送らずともよい。沈家に監視はついている」

 「何?どういうことだ?」盛容が戸惑った声を上げる。それに対して乗月王子が答えた。「兄上がちゃんと仕事はしていたってことだ。田爵を探っていた者が沈家の手下だと突き止めて、手を打っていたんだ。嫡男を連れ戻すだけではなく、周家や田爵にも圧力をかけるかもしれないから」


 「田爵は大丈夫でしょう」劉慎が考えながら言う。「身分こそ男爵の方が上ですが、後ろ盾の公爵に歯向かうとは考えにくい」「田爵が嫡男を略取したわけではないことを証明できれば、ですが」盛墨が横から口を出した。

 「そのための帳簿だ」「周殿が開業の届け出を提出して、商会認定を受けていれば話は簡単です」夏瑚はにこりとする。「収支報告書を民部に提出して、監査を受けているはずですもの。少なくとも、田爵が地代しか受け取っておらず、活動期間がいつからなのか、政府が保証することになります」   

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