客人たち5
その際に二人の素性は調査された。二人は語りたがらなかったが、公爵家の力をもってすれば、それほど時間はかからなかった。
周が自身について説明したことに偽りはなかった。
尹の農家の次子で、実家はそのあたりでは富裕層に入る名士ではある。
周は幼い頃から賢く人当りもよかったので、どういう分野に進んでもそれなりに出世できると思われていた。長子がいるので、家を継ぐ必要はなかったが、無理に女にならなくても税は払えるし、本人もたとえ財産がなくても稼いでいけるだろうと思われていて、自由に振舞っていた。
風向きが変わったのは、事故に遭って足を負傷してからだ。歩くことはできるが、ずっと引きずることになった。それで職業の選択の幅は狭まった。
親はそれでも本人の自由にさせていたらしい。実家の手伝いでも交渉や事務的な部分で十分貢献していたからだ。
ただ、周囲の見方は少々変わった。
平民と言えども裕福な家の次子なら、妻としては理想的だ。本人の能力としても家業の手伝いを期待できる。周の成人する前から、縁談は結構来ていたらしい。
沈は周家の住む一帯の領主の家の出だ。領主でも一番格の低い男爵で、だから領地も尹郷という。数十人規模の集落を何か所か領地にしている。
それでも貴族である。しかも嫡男だ。その時点で田爵よりも立場は同格、将来的にはもちろん格上の存在と言うことになる。
二人がなぜ揃ってここへ来たのかは調査では明らかにならなかった。
誰もが駆け落ちだと思ったが、駆け落ちする理由がわからない。
沈は貴族だが、末端の男爵で、平民でも富農なら妻にすることは可能だ。夏瑚みたいに侯爵家の養子になるまでもない。
周は家を出る前に、実家から林檎の苗木と、ある程度金を持ち出している。無断だったのかは外部からは判明しなかったが、そもそも分家も考えていたようで、財産を分けるつもりがあったのか、特に問題とされてはいないようだ。
もしかしたら、周の思惑も承知しているのかもしれない。
対して沈家の方は、いきなり嫡男が失踪してしまったことになる。おかげで大混乱だったらしい。
沈家は正妻がもう一人子供を産んでいる。だから後継者がいないということにはならないが、それまで特に何の問題もなかった嫡男には期待もかけていただろう。
貴族の嫡男なので、縁談もそれなりにはあったようだ。しかし、婚約までは成立していない。父親の男爵がかなり乗り気になった縁談が進んでいたという話もある。
その縁談が引き金になったのだろうか。
だが、まだ婚約は成立していないのだから、周の存在を明かして父親を説得すれば済むことだ。少し時間がかかるかもしれないが、世間的にはそれほど問題のない組み合わせのはずなのだ。
沈家のほうはしばらく嫡男を探していた。だが、周と一緒だとは思っていないらしい。
もしそれが判明したら、周家と沈家の争いになりかねない。
二人の結びつきはそれほど隔たりがあるものではないのに、家長である男爵の意向を無視して逃げ出したことがどう作用するかによって、結果は大きく変わる。関係者の中では一番の上位者だからだ。
争いの可能性を潰すために、二人の素性と事情がわかった時点で、男爵家に二人の所在を報告しようという話になった。
ところが。
「公爵家からの使いの者が男爵家に出向く前に、後継者の公表がなされたんだ」
二人が駆け落ちしてから、一月。逃亡したとはいえ、嫡男を見限るにはあまりにも早い時期だ。
公表は、新しく後継者となった次子の誕生日祝いの昼食会の招待状で明らかにされた。
もっとも、貴族の族譜の管理をしている貴族院への届け出はまだだったので、正式なものではない。しかし、家族以外の複数の貴族に知らせるということは、実質的には決定事項となる。
「嫡男は病を得て、療養に入ったと説明があったようだ。嫡男を切り捨てる決断があまりにも早かったので、これは何か外部には知りえないものがあるのだろうと」
それが何かを突き止めることはしなかった。貴族の家には、大なり小なり「お家の事情」と言うべきものがある。それは厳重に秘匿される。もちろん、それを追求することもできなくはないが、相当の手間がかかるだろう。公爵家としては、そこまでする気はなかった。
幸い田爵は凄腕の護衛だった。
その彼から見ると、次期男爵と目されていた沈でも、特に手練れというわけではなかった。武門の家系だから、体力はあり基礎的な修練は実についているものの、田爵からすれば問題にはならない。
周に至っては完全な素人で、ここへ来た時には既に足を痛めている。引退したとはいえ、田爵をどうこうできるわけがない。
田爵による緩い監視のもと、二人は滞在することになった。
十年の間、二人には取り立てて怪しい動きはなかった。
十年の間に、未成年だった周は女性になり、だが、二人の間には子供はできなかった。二人が夫婦であるかもわからなかった。田爵の前では、二人の態度は来た当初から変化はなく、友達のように見えた。駆け落ちだったのかどうか、田爵はずっと不思議に思っているらしい。