客人たち4
「遠慮しているのか?」昇陽王子は、一番気にかかっていることを聞いた。
弟の態度は、昇陽王子には、いささか理解しづらいものだった。
複雑な関係など、王族には掃いて捨てるほど、ある。第一王子しかり、自分の母親、それ以外の妃たち、自分の後ろ盾の者たち、配下の者たち。
意外ではあるが、一番気楽に接することができるのが一番の権力者であるはずの父王というのも、有難いのか不甲斐ないのか複雑なところだ。父親としては、割合に優しく、悪い親ではない気がする。世話をされたこともないし、何かを相談したこともないのだが。
「遠慮…」乗月王子は考え込んだ。
遠慮しているというのは違うのかもしれない。ただ、興味があるのか、それとも親近感があるのかもしれない。
昇陽王子のほうは、正直なところ、警戒心がある。
初対面では、碧旋の素性は明かされていなかった。
基本的に正学生は、準王族である公爵、侯爵が後見する人間なので、詳しい身上書などを要求されるわけではない。特に養子をとることが許されている侯爵家にとっては、自分の裁量で養子にした人間の元の身元を詮索され、批判されるのは避けたい事態だ。だからと言って、優秀な人材がそれなりの身分の者ばかりというわけではない。それなりの身分であるならば、養子に入る必要がない。そもそも、身分が壁となって能力を活かせない者をすくい上げ、自家のために活かすというのが養子制度だからだ。
王家の方でも、いろいろな考え方はあるものの、優秀な人材を世に出すとして養子の制度を捉えている。それを損なうことは望ましくないのだ。
しかし、初対面を済ませた後、昇陽王子は部下に調査を命じた。
乗月王子は命じなかったようだが、扶奏が手配したらしい。劉慎も手配をしている。
顧侯爵は、あまり権力欲を感じさせない人物だ。だからと言って権力を欲していないとは言い切れない。総合的に考えて地道に自分の務めを果たしていく人間だと思われる。
後ろ盾の侯爵ではなく、碧旋本人が何かを狙っているのかもしれない。王族たちに媚びを売らない姿勢で興味を引き、取り込むつもりかもしれない。
昇陽王子は誰に対しても一定の警戒を常にしている。
競争相手と目される乗月王子に対してもそうだし、劉夏瑚侯子に対してもそうだ。彼女は穏やかで善良そうに見えるが、王族との婚姻を考えているのだとすれば、緊張感をもって接する必要がある。
恐らく後ろ盾の狙いがそうなのだろうし、一概に悪いわけでもない。
それでも警戒を忘れず、相手を見ることが王族としての務めだと考えている。
乗月王子も同じように考えていると思っていた。
言葉に出して確認したことはない。行動からそう判断していた。母親の違う兄弟であっても、双方の母親とも王族の嗜みとして教育したのだろう。
碧旋に対する乗月王子の態度には違和感がある。それが、何に根差すものなのか、乗月王子自身にも理解できていないようだった。
仮にも王族が宿泊する邸宅に、不審者が接近したということで、すぐに鳥が飛ばされた。王都から援軍を呼ぶほどではないにせよ、領主の元に連絡が取られた。領主の手の者が派遣されることになるだろう。領主の畿州公は、間諜隊を配下に持っているから、まずは彼らが情報を集めて回るだろう。同時に陰ながら監視と護衛として、この周辺に現れるはずだ。領地で王族が損なわれることにでもなれば、大事になる。
「まあ、たぶん大丈夫」ざっくりと昇陽王子が説明すると、碧旋があっさりと言った。
昇陽王子がゆっくりと碧旋のほうに目線を投げた。やや圧力の感じられる目線に、碧旋は鼻息を吐き出して応じる。
二人の会話が聞こえるような気がして、夏瑚は思わず頬を緩めた。気配を感じたのか、振り向いた昇陽王子が、右側の口角だけを上げる。「夏瑚殿、ずいぶんと楽しそうだな。そんなに碧旋にやり込められた私が面白いか?」
夏瑚は反射的に肩を竦めてしまった。あまり令嬢に相応しからぬ仕草かと思い直し、慌てるのも違う、と一度しっかり息を吸うことにした。母の教えだ。焦った時には、一度大きく息を吸って、笑ってみなさい、と。
「いいえ、お二人が仕草でやり取りなさっているので、親しくなられたのだな、と微笑ましく感じましたの」「微笑ましいものではないぞ」やや不貞腐れた言い様ながら、悪びれない夏瑚の態度に夏瑚へ向ける視線は険がとれたようだ。
「兄上、夏瑚殿に八つ当たりなさるな」乗月王子が揶揄った。「む」昇陽王子は言葉に詰まり、微かに笑った。
「結局、どういうことなんだ?」盛容がまだよくわかっていない表情で問う。
「そもそも、彼らが田爵に接触したときに、相談があったのだ」
もともと田爵は、親子で畿州公爵家、昇陽王子の護衛として勤めた功績から、公爵から土地を下賜された。その土地をどのように利用するか、田爵自身はあまり考えていなかった。護衛としては有能だが、土地の活用にはそれまで関わりがなかったためだ。
それで周たちの申し出をどう扱うべきかを相談されたのだ。
相談に乗ったのは畿州公と、その娘淑妃だ。畿州公は自領の過疎化に悩んでいた。それは畿州のみならず、偉華の多くの土地の共通する悩みだった。
淑妃も王族として、偉華の状況を憂いてはいた。ただ、それに対してどうすればいいのか、打つ手がなかった。