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客人たち3

 「狩人ではないなら、なぜこんなところに」昇陽王子が呟く。「動物の可能性はないのか」乗月王子が聞く。

 「ありません。この辺りにはこんなに体高の高い獣はいませんよ。熊なら、後ろ足で立ち上がれば、これくらいの高さになるものもいますけど」「熊ではないと?」「熊が後ろ足で立ち上がれば、足跡はもっとくっきり残ります。それに、荒いとはいえ、足跡を消した痕跡がありますから。そんなことは獣はしませんよ」

 「痕跡を消そうとしているってことは、ここに来たことは隠したい者だな。だが、その処置が甘いということは、隠密の玄人ではない、か」碧旋が独り言のように言い、その後、乗月王子に視線を投げた。


 乗月王子はその視線を受け止めた後、しばらく考えた。視線の意味をようやく悟り、「楊と言ったな。痕跡を追って、その者の正体を突き止めることはできるか」

 「畏まりました。やってみましょう」楊は拱手し、周囲をじっと観察した。そして、徐に森の木立の隙間をすり抜け、木陰へ潜り込んでいった。


 「戻ろう。ここにいても仕方がない」碧旋が促す。「そうだな」昇陽王子が同意して、残りの二人を手で促す。万が一、敵がこの辺りに潜んでいて、矢でも射かけられれば、かなり危険だ。田爵の邸宅に残してきた劉たちも案じられる。

 「一体何者だと思う?」盛容が碧旋に寄って行って尋ねる。

 「枝や草の折れ方はそんなに古くないと言っていた。昨日今日の話だ。だから我々を標的にしているとも考えられるが」碧旋の答えに乗月王子の顔が強張る。一方昇陽王子のほうは特に変化がない。二人を振り返って表情を確認した碧旋は続きを口にする。「王子を標的にするのに隠密の素人を送ってくるとは考えにくいな。少なくとも王子じゃないだろう。俺なんかは狙われるかもしれないが」碧旋はにやりとした。「でも、王子たちを一緒のところは狙わない。いろいろ面倒だからな。下手に巻き込みでもでもすれば、罪が重くなり、追っ手も危険になる。他の面々にも同じことが言える」


 「とすると、田爵?それとも客人たちか?」ややほっとした面持ちで盛容が言う。

 碧旋は立ち止まって、昇陽王子に向き直る。「どうだ?心当たりがあるんじゃないか?」

 碧旋の物言いはいよいよ遠慮がなくなってきた。「心当たりはないな」昇陽王子の答えは素っ気ないが、相変わらず遠慮のなさを咎める気はないらしい。乗月王子のほうも同様だ。

 「けど、こういうことがあると知っていたな?」碧旋は呟く。質問だったのに、碧旋は返事を待たずに歩きだした。


 「おい」盛容は碧旋の後を追う。

 「兄上」乗月王子は昇陽王子の隣に並んで囁いた。「あんまり碧旋を怒らせないでください」

 「別に怒ってはいないだろう。お前こそ、こだわるな。そんなに気になるのか?」昇陽王子の方は平然としている。眉をひそめる弟の顔を見て、ふっと息をついた。

 「気にしてはいません。ただ、何というか、覚えていたんです。それに気づいて、自分でも驚いています」

 「うーん、私も記憶してはいるが」昇陽王子のほうが年上なのだ。その場に呼ばれたとき、当然昇陽王子のほうが、事情を理解していた。


 周囲には他の人間はいない。

 これは滅多にない機会だ。

 二人とも長じるにつれて、どんどん接触する機会がなくなってきた。

 兄弟とは言え、母親の違う異母兄弟だ。王位を争う立場である。昇陽王子はあまり積極的な態度を示してこなかった。第一王子が後ろ盾が弱く、王女を名乗るような人物なので、昇陽王子は有力候補ではある。

 年長であるということは、それほど利点にはならない。偉華は長子相続が慣例的にはあるが、絶対ではない。戦乱時に幼王を立てるのは愚策だが、今は波乱の少ない太平の世だ。虐殺を繰り返すような暴君でもなければ、それほど問題ではないかもしれない。


 乗月王子の後ろ盾は、権力を握りたがっている。昇陽王子がそれを制して王位に就くには、それなりの波乱が必要だ。

 弟は少なくとも愚鈍ではない。性格も、大きな問題はない。能力や性格に欠点はあるだろうが、王になっても十分やっていけるだろう。二人の王子が争うよりは、可もなく不可もない王が立つ方がよい。

 大体昇陽王子の方が優れているというわけでもない。幾分優れている点はあると思っているが、年齢のせいと、性質の違いだと思っている。

 どちらの王子が王になっても偉華としては大差はないのだ。争うか、争わないか、この違いに比べれば。


 王にならないほうが、個人としては幸福ではないかと昇陽王子は考えている。後ろ盾である公爵家は、それほど王位にはこだわっていない。ないがしろにされれば問題だが、そこまではしないだろうという予想がつく。ないがしろにされれば、恐らく王位争いになる。乗月王子の側でも、それよりもある程度相手を立てて王位を手に入れるほうが望ましい。現状、昇陽王子の一派が引いているので、ことは荒立てないで済んでいる。


 それでも、お互いに警戒はしている。

 相手の気が変わって、油断しているところを襲われでもしたら、大損害だ。それで一気に勝敗が決してしまうかもしれない。

 表向き、礼儀正しくにこやかに付き合っている第二王子派と第三王子派だが、常に一定の距離がある。

 王子同士も、側近なしで話をするということは、まず、なかった。


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