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学園と論科のあれこれ1

 どこまで夏瑚が弱音を吐かずにいられるのか、お手並み拝見という気持ちがあったことも確かだ。同時に、彼女が努力家なのは認められるな、と安堵の思いもあった。


 「すぐに着替えを」劉慎は歩き出しながら言った。

 「予定通りに、馬を用意している。汗を流して、身支度する時間はある。腹は空いているか?夕食まで持ちそうか」

 夏瑚の部屋までの廊下を進む。背後から夏瑚の舞踏用の堅いよく響く靴音が一定の調子を保って続く。


 部屋の前で、劉慎は向きを変え、夏瑚を振り返った。

 そこには相変わらず笑顔の夏瑚がいた。


 「ここで待つ」と告げても、夏瑚は笑ったまま動かない。しばらく待って、固まったその肩を突いてみようかと考え始めたとき、「る」小さい声がした。


 「る?」確かにそう聞こえた。劉慎は鸚鵡返しに呟き、その音から始まる言葉を探した。首を傾げる劉慎に、夏瑚は、もう一度大きく笑って見せた。




 「実際、お兄様は鬼だわねえ」夏瑚は片頬に手を当てて、ほうっ、と息をついた。


 入寮の翌日の朝、身支度を終えて妹の部屋を訪れてみれば、いきなり鬼呼ばわりである。


 渋い顔をして、劉慎は「そんな科白が出るくらいなら、昨夜はよく眠れたんだな」と言う。最早挨拶もなしである。お互い一か月でずいぶん慣れたものだと思う。


 「怪しい声で目が覚めたんですが、姫祥のおかげでどうにか睡眠はとれましたわ」夏瑚は笑顔だ。「お兄様、その手にされている冊子は何ですの。今日も何か勉強でしょうか、やっぱり鬼ですわ」


 「怪しい声?なんだそれは」劉慎は冊子を夏瑚に手渡しながら、斜め向かいに座った。姫祥から茶碗を受け取って、口を付けながら夏瑚の顔色を見る。


 「何かはわかりませんでした。それよりこれは?」夏瑚は冊子をぺらぺらと振りながら尋ねる。

 「組分けがわかった。我々が一年、付き合うことになる方々だ。情報を頭に入れておけ」

 「発表はまだでしょう?」

 

夏瑚が言うのに、劉慎は何も答えず平気な顔をしている。どちらかと言うと真面目で腹芸はあまり得意そうではない劉慎だが、この程度のことは事前に情報を入手出来て当たり前だと思っているようだ。

 「これだからお貴族様は」と口の中で呟く。劉慎には聞こえないように言ったつもりだったが、姫祥には睨まれた。




 夏瑚たちの入寮から一週間経ち、いよいよ初めて授業が談話室で行われることになった。


 正式な組分けと、講義の選択肢は封書で寮人によってもたらされた。


 学園の授業は、論科と専科に分かれている。専科は組分けとは関係なく、一人一人が自分の興味と適性から選択するもので、これは側近たちも受講することができる。内容は幅広く、哲学、宗教学、法学、地学、物理、数理などの座学が主体となるものもあるが、馬術、剣術、舞踏、建築、器楽などの実践主体の者もある。護衛たちはこぞって剣術などの授業に申し込むし、姫祥もいくつかの授業を考えているようだ。参加しないのは侍女長の班南くらいだ。


 論科は五名で組み、課題に取り組む授業だ。これは正学生だけが参加でき、側近は補佐として一名だけ同行する。組分けとは、この論科のことを指す。


 侯爵家の養女として送り込まれた夏瑚は、学園で侯爵家にとって有力な人脈を築くことを期待されている。専科でも、同じ授業を取れば他の学生との接点はできる。しかし、一番期待されているのは、論科で組む相手との縁だ。

 組分けの基準は公にはされていないし、外部からの介入も禁じられているが、事前に情報を得ていた劉慎のことを考えると、外部の影響を排除しきれてはいないようだ。


 寮から学舎に向かう道すがら、夏瑚は劉慎からあれこれと注意事項を申し渡されていた。

 寮と学舎は別棟になっている。

「お兄様、寮と学舎は色が違いますのね」劉慎の小言を遮ってそう言うと、「色?壁や天井の建材のことか?」「そうです、寮は赤い石材でした」


 夏瑚は回廊から学舎に入るところで立ち止まって天井を見上げた。「ここは白い石材ですね」

 「建てられた年代が違うせいだ」壁の石はややくすんでざらついており、他の王宮の建物に比べると質素な印象を受けた。


 「学舎は正殿や治部省などの六省宮と同じく、光月王の時代に建てられているんだ」

 光月王は初代の王だ。王朝の礎として、この王宮を建築されたということだろう。


 「計画自体はその前の始祖王の頃からあったと言われている。寮の赤い石材は赤砂岩で、王都近隣の巴州から産出されているものだ。赤砂岩の建物は後から増築されたことを示している。王宮は少しずつ拡大しているんだが、最初期だけが白い花崗岩で築かれていて、どこから運ばれたものか、はっきりとしたことは記録にないのでわかっていない。花崗岩は耐久性に優れ、見目も美しいから人気があるが、王都の近辺では産出しないので、どこから運ばれたのかちょっとした謎だと言われている」


 「学舎の建物は、初代王の時代から、学舎として使われていたのですか?」

 「そうだと言われている。学園の歴史は学んだか?学園の創立は始祖王の時代に遡る。光月王自身、学園の前身となる私塾で学んだとされているからな」

 そういえばそうだった。危ない危ない、こういう情報もしっかり記憶に留めておかねば。

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