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客人たち1

 「そこから決めたんでしょうね」夏瑚は呟いた。独り言のつもりだった。

 「それほど規模が大きくなく、有名でもない地方の町で、でも交通の便がよくて、いざとなるとそこを拠点に移動や情報収集をしやすいところ、林檎の栽培に向いていて、故郷とは違う領地、それらの条件にあったのが治戸だったということ。その周囲で、入植できそうな土地を探したのね」


 ここを探すのはかなり大変だっただろう。林檎の栽培できる地域はある程度割り出せる。国定街道も公表されているから、その宿場町も地図には載っている。それで規模やそこにある公共機関の情報くらいはわかる。

 でも、それ以上の詳しい情報はすぐには集まらないはずだ。商人は、そのあたりの産物や細かい道路網、周辺集落の購買力など、様々な情報を握っているだろうが、彼らにしてみればそれは飯の種だ。簡単には教えてくれないし、一人の商人がどれだけの情報を持っているかはわからない。精度も問題だ。


 よその領地のことなど、農民には知るすべはない。普通は隣の領地の領主が誰なのかなんて、気にしないものなのだ。知りたくても、周囲には知っている人間はいないし、記録している文書を閲覧する権利もない。

 市長などを務める領主の代官、その側近、文官たちならばそのような知識がある。領主お抱えの治安部隊も、上層部ならば持っているだろう。

 あるいは、教師たち、地理や地学などを教える者たちならば、もちろん知っている。それでも自領以外の地理を詳しく教えることはない。中学ならばあるいは乞われて教えることはあるだろう。しかし彼らの知識は往々にして古いものだ。


 今現在の町の状況、生活圏、物資や人の流れなどの情報は把握しづらい上に、届く前に変化している可能性がある。自分で足を運んで確かめるのが一番いいが、それには時間も費用も掛かる。

 周さんたちはいったいそのような情報をどこで得たのか?それとも、当て推量で、賭けに出て、幸運を引き当てたのだろうか?


 「彼らはどこでその知識を得たのだ?本当に農家の出なのか?」劉慎が夏瑚の考えを読んだかのように呟いた。

 「教会」小さな囁きが聞こえた。一瞬誰が言ったのかわからなかった。

 夏瑚は囁きの主を探して、あたりを見まわした。囁き声は消え、同じように盛墨はきょろきょろと視線をさ迷わせた。「おい、い…」盛容が声を掛ける。


 その声を断ち切ったのは、やや乱暴に開けられた扉の音、荒い足音、「警備責任者」と呼ぶ碧旋の言葉だった。

 「誰を呼んでいるつもりだ」昇陽王子はやや機嫌を損ねたように低い声で返す。碧旋は少し笑い、「では、殿下と?」「名前で呼べ」「誰が責任者かよくわからなかったもので」碧旋は拱手をし、開け放たれた戸外を手で示した。「見てほしいものがある」

 昇陽王子が歩き出すと、関路がすぐに前に出て行く。


 「待て、私も行く」乗月王子が足早に後に続く。「ぞろぞろ来なくても」碧旋が困惑を声に滲ませると、「兄上だけが警備責任者というわけではない。兄上は引率者ではあるが、私の警備責任者ではないな」

 確かに言われてみれば、そうなのかもしれない。この一行は論科の授業の一環として行動しているので、学年が一番上の昇陽王子が論科を主動しているが、二人は同格の王子である。年齢も一歳しか違わないので、礼儀上の上下はあっても権限などは同じだ。

 潜在的な競争相手でもあるので、その相手に自分の警護を任せることはないだろう。他の面々はともかく、乗月王子がそう言うのも無理はない。


 「俺も警備責任者だ」言いながら立ち上がったのは盛容だ。「お前はここで待て」と盛墨に告げて、乗月王子の傍に立つ。

 「みんなで行くとばれる。ここが手薄になるのもまずい」腰を浮かしかけた劉慎の目の前に手を突き出して、碧旋が止める。護衛はいても、盛墨と夏瑚だけを残すのも不安だと感じた劉慎は、諦めて「戻ってきたらすぐに説明を」とだけ言った。

 碧旋は一つ頷くと、すぐに踵を返し、二人の王子と公子を連れて出て行った。



 屋敷を出ると、扉の陰に護衛の一人が立っていた。

 あたりは日が沈み始めていて、茜色の光が黒々とした陰影を縁取っていた。護衛の男は陰影に溶け込むようにしていたが、碧旋が「案内を」と声を掛けると、「こちらへ」と低く応じて、足音もなく歩き始めた。

 急に現れたように見えた護衛に、昇陽王子と乗月王子、盛容は驚いたようだった。全く変わらなかったのは関路だけだ。盛容は腕は経つものの、気配に敏い方ではない。苦笑してすぐ歩き出す。


 「どこの手の者だ?」昇陽王子が押さえた声で尋ねる。「乗月の麾下だ」「は?」乗月王子が思わず声を漏らす。「正確には宇州侯爵家の分家の麾下だな。今学年の護衛の欠員補充で、登用されたと聞いている。一番下っ端らしいから、まだ馴染みがないんだろうな?」

 「そうか」乗月王子が唇を噛んだ。余計な怒気が口からこぼれそうだった。


 自分に従う者たちを把握していたつもりだった。それは王族としての義務だと思っていた。当然のことで、それが奉仕される者が勤めるべき仕事だ。

 それでも、こうやって時々自分の目が行き届かないと感じることが出てくる。「あなたには他に優先すべきことがあります。把握したほうがいいのはわかっています。ですが、全てを完璧に熟せないでしょう?一足飛びにはできません。焦らずとも、少しずつ、実現してください」扶奏は口癖のようにそう言った。

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