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田爵の土地4

 碧旋はなぜか夏瑚の傍に立って、説明を聞いている。時折帳簿を覗き込もうと体を傾けるのが、夏瑚により近づくことになって、その度に身が強張る。


 帳簿を見る限り、儲けを出せるようになったのは、ここ二年くらいのことらしい。

 「先ほども説明いたしました通り、初めの二年は農業では儲けにならず、食べていく分にもやや不足し、手持ちの金と内職や出稼ぎで補いました。その後、少しずつ農業での収入が少しずつ増え、内職などもしながらですが、生活できるようになりました。四年前から、初めは二人でこなしていた作業に、参加者が増え、効率が上がって収益が跳ね上がりました」


 「初めは二人だったんだ」碧旋がぽつりと言った。

 「そうです。私と、もう一人」「その人はどこに?」すかさず碧旋が尋ねると、少し戸惑った表情を浮かべた周は、「では、作業の見学も兼ねて皆を紹介しましょう」と言った。


 帳簿を仕舞って移動を始めた周の後を追うために、夏瑚たちは立ち上がった。

 「碧旋、何を気にしている?」昇陽王子が突然言った。夏瑚たちは碧旋を見た。

 「ここで何をしているのかは、ある程度理解したと思う」碧天は噛み締めるように答えた。「でも、始まりがわからない。それと、なぜ我々がここに来ることになったのかも」


 確かに、なぜ彼らは田爵の土地に来ることになったのだろう。

 田爵とは土地だけを下賜されるので、それをその後どうするかは田爵それぞれで違う。自分の邸宅を建てるだけというのはあまり聞かないが、そうしても別に支障はない。

 多くは小作農に貸し出し、地代収入を得る。商会などに貸し出したり、得た土地によっては港を作ったりして、なにかしら収益を上げられるような施設を建造して運営したりさせたりする。


 彼らがやっていることは、一種の小作だ。

 ただし、田爵の家に客人として滞在し、田爵の食事も彼らが用意している。普通、小作人は地主とは別に家を構え、生活しているものだが、田爵と彼らは作業を手伝ったり、同じ食事をとるなど協力しているようだ。

 田爵は領主ではないから、彼らとはあくまで対等な関係だ。

 そう言う関係は珍しいものだった。


 彼らがどういう事情で移住先を探すことになったのかはわからないが、成人したての若者が故郷を離れて移動する場合、ありがちなのは王都や領都などの都会だ。仕事はいろいろあるし、故郷にはない環境を求める者は多い。都会はあちこちから流れてきた人が多いので、余計な詮索はされずに埋もれることができるから、それまでの縁を断ち切るにも都合がいい。


 子供が少ない偉華では、親の職業を子供が継ぐのが一般的だ。自由な次男坊三男坊という立場の人間が少ないからだ。大抵の子供は親から後継ぎとなることを期待されているから、そこから逃れるためにはそれまでの柵から逃げ出す必要がある。農民や職人よりも兵士や商人のほうが自由に見えて、憧れる子供がいる。

 そう言う職業も都会ならではだ。


 地方の小さな荘園に、農業をやりに逃げてくる若者はとても珍しい。

 周は実家が林檎を育てていたと言った。農民の出身で、苗を分けてもらえたということは仲たがいして絶縁したわけではないということだ。そして、周もその家業を独自に継続しているのだ。家業を嫌って出奔したのでもないらしい。


 昼休みを彼らと取ることになった。

 昨日の夕食は田爵や護衛たちも一緒に食事をしたが、田爵は自室で残り物を食べると言う。

 護衛たちも、先ほどから数人ずつ、休憩を交代でとっているようだ。持参した餅や干し肉などで済ませている。


 餅は手早く焼かれて供された。新鮮な野菜と果物類は切り刻まれ、酸乳で合えて出され、後の献立は昨夜の残りや、作り置きの燻製肉などが振舞われた。

 碧旋はちゃっかり果物を分けてもらい、護衛たちに差し入れしていた。昇陽王子に対価を払うように注意され、へらへら笑いながら支払っていた。

 姫祥は彼らを手伝っていたが、夏瑚は止められていた。実際夏瑚は自宅で料理したことはあるが、戸外での経験はない。料理といっても手伝い程度の物で、自信はないから手伝いを申し出るのも気が引けた。侍女の姫祥はともかく、一応夏瑚は侯爵令嬢なのだ。相手も恐縮するのが目に見えていた。


 他の面々も座っていて、碧旋だけがあちこちふらついていた。

 碧旋が戻ってくると、食事が始まった。

 「見てください」夏瑚の隣に座っていた盛墨が言った。「あの人たちの並び方」

 夏瑚たちとは違う卓に着いた田爵の客人たちは、10人、全員いるようだ。中央に周が座り、満遍なく目配りをしているようだ。彼女は調理はほとんどしなかったが、火の傍で火加減を見ている者と話しをしたり、鍋をかき混ぜる者と一緒に味見をしたり、卓に着いたらついたで、皿や匙を配り、誰とも笑顔で話をしていた。客人の中では彼女が中心人物であるということがよくわかった。

 その両隣には若い男がそれぞれ座っている。一人は時折立ち上がったり、他の者を手招きしたり、彼女に話しかけたり、忙しい。確か丁と紹介されたと思う。

 もう一人は黙ってじっと座っている。彼に話しかけるのは、周だけだ。彼は沈と言った。 

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