田爵の土地3
客人は現在8人いるという話だった。
彼らは田爵の土地に様々な作物を植え、それを加工して商品にして生活費を稼いでいた。稲や野菜も作っていたが、それらは自分たちが食べる分だった。
特に力を入れているのは林檎らしかった。
「林檎は新しい味や特徴を出すのが容易いのです」と話してくれたのは、代表を務めているという周という人物だった。ほっそりとした体つきの女性で、片足が不自由らしく、杖を突きながら案内をしてくれた。周と名乗ったその女性は、論科の面々に林檎を配った。「これは生で食するにふさわしい味わいの物です。どうぞ、よろしければお召し上がりください」
洗ってあるらしく、つやつやして綺麗な林檎だった。夏瑚はかぶりつきたかったが、それをすると劉慎に叱られることがわかっていたので、ため息をつくにとどめた。その吐息を聞きとがめた劉慎が夏瑚を睨んだ。
盛容と碧旋が早速かぶりつく。それを見て、盛墨も林檎に噛みついた。瞬く間に盛容が芯を残して食べ終える。「なかなかうまい。昨日の林檎に比べて甘いな」「こっちのも甘かった」と碧旋が言う。盛容が食べたのは大きめの赤みの強い林檎で、碧旋が食べたものは薄い黄色のものだった。
「昨日お召し上がりになった林檎は酸味が強すぎて加工用に回しているものです。ですが酒にするには向いています」「酒があるのか?」盛容の顔がほころんでいる。
「赤いもののほうが甘味は強く、黄色のものは爽やかな酸味があり、歯ごたえがあります。この辺りはお好みということで。では、お二方、どこか開いている地面に、芯を投げていただけますか」「え」盛容が戸惑って、周を見る。手の中の芯に視線を戻し、もう一度周を見た。
碧旋が軽く腕を振り、林檎の芯が人参畑の傍に落ちた。「お上手です」周は言い、碧旋がにやりとすると、周は何度か瞬きをして一瞬、口ごもった。「え、いい場所に投げていただきました」
「ごみになるのでは?」盛墨が半分ほど食べた林檎を持って言う。丸ごとは無理だったようだ。
「新しい林檎を作りたいときは、ああするのです。要は、種を植えるということです」
「そうやって栽培しているのですか?」と劉慎が質問すると、「違います」にこやかな返答が返ってきた。
「商品としては安定した品質のほうが効率がいいのです。種から植えると、どんな特徴の林檎になるのか、わからないので」
林檎の木ばかりを植えている一角に着くと、接ぎ木をして安定した品質の林檎が作れることを説明された。「接ぎ木をすれば、実がなる年数を早めることができます。種からだと10年かかるのですが、接ぎ木だと早いもので3年ほどで実がつきます」
「いつからここに?」会話は劉慎や盛墨が周に質問する形で進んでいく。
昇陽王子は論科の面々を観察しているような感じで、黙って立っている。田爵の息子である関路はその傍らで、周囲に目を走らせている。
乗月王子は話をしている三人を眺めているが、やや上の空のように思える。
はじめのうち、周は二人の王子の反応を窺っていた。一般平民には縁遠い王族に対して、特に注意を払うのは当然だろう。だが、二人があまり反応していないのを見て、劉慎たちに注意を移したように見える。
周ははきはきと説明を続ける。王族を含む貴族に対して、物おじしていない。平民女性らしからぬ度胸だ。
「10年になります」例の酸っぱい林檎はここに来て初めて種から植えたものだと言う。
もともと林檎の栽培に従事する農家の出身だそうだ。
家を出たときに林檎の苗木を数本分けてもらったものを運んで、そこから始めた。いい苗木も実がなるのは早く、4年目で実がつき始めた。それでも4年目と5年目は売り物にはならず、自分たちで消費したり、加工するための試作を繰り返した。
「ここに受け入れていただいて、自家消費分は初めの年からそれなりにとれましたが、商売をするには不足が多く、周囲の農家の繁忙期に手伝いに行ったり、草編み細工の仕事をして売り物にしたりしていました」
盛墨が帳簿などはないのか、あれば見せてほしいと要望を出し、周が了承して、周たちが使用している離れに全員で向かう。
離れと呼んでいるが、もとは倉庫だったらしい。荷車や干草、樽などいろいろ放り込まれていたが、農作業の傍ら、少しずつ住めるように改造していった。
今は倉庫を別に建て、離れには厨房と食堂、寝台を並べた大部屋が二つ作られていた。床を張って壁を作っているが、元倉庫だけあって天井が高く、部屋を仕切っている壁は天井に達していなかった。
食堂には十人以上座れる粗削りな造りの卓と椅子が並んでいた。そこに全員が座って、卓には帳簿が載せられた。
盛墨が帳簿を覗き込み、周に細かい質問をしていく。劉慎と、意外だったが、昇陽王子も傍に座って説明に耳を傾けていた。
盛容は帳簿には興味がないらしく、食堂を物珍しそうに見まわしている。乗月王子は少し後ろにずらした椅子に腰かけて、皆を眺めていた。