畿州への旅6
「とにかく話を聞こう」昇陽王子は乗月王子の肩を押して床几に座らせた。乗月王子は硬い表情のまま、床几に座り込み、夏瑚たちも促されて腰を下ろす。
盛兄弟が現われ、王子たちの様子に息を吞んだ。過去の隣に座った盛墨が、「一体何?」と夏瑚に囁く。「私にもさっぱり。朝方、何かあったようなのですが」
それほど待つ間もなく、数人の足音が近づいてきて、幕を掻き分けて中へ入ってきた。
まず派手な額飾りをつけた男。護衛たちの中にいて、目立っていたので夏瑚にも見覚えがあった。顔だちがよく、護衛たちの中ではとびぬけて仕立てのいい服装だったからだ。武器などの装備にも明らかにお金がかかっている。
続いて碧旋、派手な男に腕をつかまれて引っ張られていた。身分で言えば護衛よりも上のはずなのに、いったい何があったのか。
最後に関路が滑り込んできた。昇陽王子が、関路に声を掛ける一方で、乗月王子が「手を放せ」と語気荒く言う。
「不審者です、殿下」派手な男が応える。乗月王子の顔に一層険しさが増すと、一拍置いて男は手を放す。「ご命令とあらば。しかし、危険です。このような者を御身のお傍に、とは」
乗月王子の険悪な様子にも自己主張するところを見ると、何か自信の根拠があるようだ。
碧旋はいつものように平然としているのかと見てみると、こちらを見ている目と目が合った。
すると碧旋は目を伏せ、俯いてしまう。
思わず声が出そうになった。てっきりまるで平気な顔をして、自分は何も後ろ暗いところはないとあっさり言うのだろうと思っていた。
派手な男は大きく手を振り、顔を二人の王子に向けながら声を張り上げる。
男の話では、見張りの番を終えた後、少し離れた茂みの傍に寝転んで睡眠を取ろうとしていた時に、暗がりを歩いていく碧旋に気づいたのだと言う。
一体誰なのか、何をするつもりなのかはわからないまま、なんとなく勘が働いて跡をつけた。
すると、その不審者は、少し開けた河原に立ち、しばらく待っていたらしい。何をしているのか木陰から覗いていると、まだ明け染めぬ空から、鳥が一羽、下りてきたのだ。
鳥と使うこと自体は、罪ではない。
一般的な個人で使うことはあまりないだろう。遠くの親戚や友人にたまに便りを送ることはあるが、それは人間が運んでいく郵便である。商売の連絡などで使う者はいるだろう。
しかし鳥を使うのは何と言っても、役人か軍部の人間だろう。各省庁で鳥を飼育しているし、軍部に至っては専門の部署がある。
地方都市や領主もそれぞれ大なり小なり鳥を飼育している。
一応碧旋は侯子である。侯爵家も使える鳥くらい飼育しているだろうし、側近も護衛もなしに学園から遠征に出ているのだ。連絡くらい、取ることもあるだろう。
ただし、なぜそれが人目に付かない早朝だったのか、が不思議なのだ。
鳥を使うこと自体に問題はないのに、人目を避けるのは、どこかに後ろ暗いところがあるはずだ、と言う話だ。
「お二人の殿下がおわす隊に、このような不審な行動は咎められるべきです。仮にも侯子を名乗るのであれば、良識ある行動をとってしかるべきであるし、お二人のお傍には相応しくないと判断せざるおえない。自ら引かれるのが妥当かと」
ただの護衛がずいぶん主張するなあ、と驚いていたら、劉慎から小さな紙を渡された。こっそり見てみると、この派手な男は宇州侯の分家筋の嫡男で、乗月王子の側近候補だと書かれていた。道理で強気なわけだ。ただの護衛ではなく、実際は貴族の嫡男で、いずれは乗月王子の側近になる予定なのだろう。学園では、側近は一人しか認められていないため、護衛として入学したのだろう。
宇州侯の思惑もあるのか、碧旋を乗月王子から遠ざけたいのではないか。それでずっと碧旋を見張っていたのだろう。側近の扶奏が不在折の折に、碧旋が今以上に乗月王子に接近することは、許せないことだったに違いない。
「弁えよ、それ以上口を開くな」乗月王子が吐き捨て、男から顔を背けた。
「いずれ、私めの誠意がご理解いただけるものと確信しております。失礼いたします」男はゆっくりと地面に膝をつき、深々と頭を下げる。額を地につける、最大限の謝罪を表す仕草だ。そして、打って変わって素早く立ち上がると、振り向きもせずに天幕を出て行った。
いちいちやることが芝居がかって見える。自分の功績は何倍にも水増しそうな人だと夏瑚は思った。
「碧旋、座れ」昇陽王子が軽く首を振りながら、床几を指示した。
「その前にやりたいことがある」と、碧旋は平板な声で言い、夏瑚の傍に寄ってきた。手を伸ばしても届かない距離までくると、片膝をついて、視線を落とした姿勢を取る。
これは謝罪の姿勢だ。先ほどの男が見せたものとは違う。あの謝罪は自分を地に堕とすことを示しているが、片膝をつくのは、自分を保持したまま、謝罪しているということだ。謝罪の内容と言うよりも、彼我の地位が関係する。対等の関係では、片膝の謝罪になるだろう。
「申し訳なかった。劉夏瑚侯子。私は、あなたの誠意を無下にした」