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畿州への旅5

 焚火を囲んでいた護衛たちの一人が、「乗月王子の護衛の一人が、誰かを捕まえたらしい」と答えた。

 乗月王子の従者は一層困惑した。同僚の誰が捕まえたのか、なぜ捕まえることになったのか。情報を求めて彼らはそこで待った。護衛たちが、そこで待つように告げたからだ。

 「関路様が対処するから、ここで待てと」


 関路は昇陽王子の側近で、一代爵位である勲爵を持っている。他の正学生の側近に比べると地位は低いが、貴族の護衛たちは貴族の私兵なので、当然関路のほうが地位は上だ。

 いや、例え関路のほうが身分が下だとしても、昇陽王子の側近なのだ。彼の行動は即ち王子の意を受けてのもの。私的な場合ならともかく、昇陽王子が先導する調査班の遠征において、事件が起きたとあれば、一番の責任者は昇陽王子となる。


 関路はほどなく戻ってきたが、「事情を説明するのは後程」と告げた。それでは困ると乗月王子の従者は一度は食い下がったが、「調査をしたのちに正しい情報をお伝えする。時間をいただく」ときっぱり断言された。



 朝方、夏瑚はいつものように目覚めた。気分はすっきり、野宿とは思えないほどの快眠である。寝具はさすがにいつもの高級布団よりも粗末だが、その安さにちょっと得した気分である。「いつもの寝具より、一晩で一文くらいは節約できたんじゃない?」購入金額を使用日数で割れば、それくらいの儲けはあったような気がする。

 姫祥は体をあちこちが強張ったまま起床したので、主人の丈夫さが信じられない。「羨ましいですね、地面の石ころを感じても眠れるって」ぶつぶつ言いながら、昨夜のうちに汲み置いた水を洗面用に差し出した。


 簡単に白粉をはたき、髪は下ろしたまま顔周りだけ結い上げて、身支度を終えた。いつもより装飾品が少ないので、身支度が楽だ。夏瑚は軽やかな気持ちで、天幕を出た。

 胃も軽い。朝は茶と、果物などの簡単な朝食になるはずだ。どんなに簡単であっても茶は必ず出るはずなので、焚火へ向かっていく。


 焚火は赤々と燃えており、湯はたぎっていて、折り畳みの卓には茶碗が積まれている。姫祥が湯沸かしを持ち上げようとするが、大きいので危なっかしい。近くにいた護衛が一人手伝ってくれて、茶を飲むことができた。まだ暑さが残る時期ではあるが、朝は涼しい。熱いお茶を飲むと、頭がすっきりする。

 手伝ってくれた護衛はこちらをじっと見ている。身分の高い女性をじろじろ見るのは失礼にあたるため、ちょっと気になった。姫祥にそっと目配せをすると、「何か用でも?」と姫祥が尋ねる。


 「失礼しました。朝食がお済になり次第、昇陽王子殿下の天幕へと、ご伝言を承っております」湯沸かしを持ったまま、護衛は少し慌てた風に答える。

 「それはなぜか、わかりますか」姫祥の問いに、「申し訳なく存じますが、お伝え出来ません。殿下から直接お話があるものと」


 仕方なく急いで茶と葡萄などを分けてもらい、劉慎の天幕へ急ぐ。

 天幕に入った途端、劉慎にじろりと睨まれた。「遅い」

 劉慎の顔にはくまができている。よく眠れなかったらしい。劉慎の手には茶碗が握られているが、他には食べ物は見当たらない。床几に座り、もう一つの床几に分けてもらった葡萄や餅の入った籠を置く。「お兄様もどうぞ」

 「食欲がない」「少しは食べませんと。今日も移動する予定ですし」「明け方の騒動から寝てないんだ」と言いつつ、劉慎は葡萄を摘まむ。「お前は眠れたようだな」


 「騒動?何かありましたか?」夏瑚がきょとんとしているのを見て、劉慎は姫祥のほうをちらりと見る。「お前は気づかなかったのか。図太い主従というか、なんというか」「何か物音がしましたが。騒動と言うほどのものではなかったかと」姫祥が言う。「まあいい。結局のところ、そこで起きようがどうなるものでもなかったしな。眠れなかっただけ、損だ」


昇陽王子からの呼び出しを告げると、「乗月王子の護衛が不審者を捕らえたらしいが。私の従者では教えてもらえなかった。だが、そなたをお呼びとは、大事になさるか」と劉慎はため息をつく。

 そう言われると少し気になる。ほどほどに喉を潤すと、三人は天幕を出て、昇陽王子の天幕に向かった。


 昇陽王子の天幕は、中央に大きな卓があり、いったいどうやって持ってきたのかと思ったが、よく見ると木の骨組みに革を張ってあるもので、これなら骨組みをばらし、革を畳めば持ち運ぶことが可能だ。

 その周りに床几が並んでいる。既に乗月王子が座っており、その隣に昇陽王子がこちらに背を向けて立っていた。護衛の姿はなく、二人だけだった。

 夏瑚たちは膝をついて挨拶を行った。「立って」と乗月王子が短く言う。振り返った昇陽王子が、「悪いが侍女は下がってもらいたい」と言った。姫祥は頭を下げ、低い姿勢のまま後ずさりながら出て行った。「盛たちにも聞いてもらったほうがいいと判断したので、呼んである。来るまで待ってほしい」

 「そんなややこしい話ではないだろう。私の従者が早とちりなだけだ。すぐ放してやれ」乗月王子は険しい顔を見せていた。王子のこんな表情は初めて見た。

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