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畿州への旅4

 どうやら碧旋は本気で妃になるつもりはないらしい。

 王族に嫁ぐなら、対面は大いに重んじる必要がある。これが、王位についた壮年の王が妾として娶るならそれほどこだわらなくともいいかもしれないが、まだ未婚の王族が娶る女性は将来の国母になる可能性があるのだ。妃の評判は重要視される。


 問題は碧旋本人の意向よりも、なぜか碧旋を気に入っているらしい乗月王子のほうだ。一目ぼれというものだろうか。夏瑚には経験がないから理解できないが、これは理屈ではないのだろう。本人は女性になるつもりすらないようだが、王子の要望があれば通る可能性は高い。


 どちらにせよ、碧旋自身には少なくともそのつもりがないので、夏瑚に対しても競争心はないだろう。そういう態度を感じたことはない。特に含むところはなく、平民のように自然な振る舞いだと思う。

 それならば、友人になれるかもしれない。


 あまりそういう期待はしていなかった。

 学園生は基本的に身分が高いので、元平民の夏瑚には気苦労を感じる相手だ。かといって、今更平民と友達付き合いもできない。恐らく平民の相手の方がひいてしまうだろう。

 そもそも、夏瑚には友達がいなかった。

 それは夏瑚の生い立ちに原因がある。


 夏瑚の母親は夏財の妾だ。

 夏財は自分自身が住む家とは違う家を建てて、夏瑚たちを住まわせていた。夏財が住む町はずれの一軒家で、ほどほどにいい家だった。豪邸ではない。それでもきちんとした建材を使い、しっかりと建てられた広めの家だった。

 町はずれだったので、門番も雇われており、家政婦や下働きの人もいた。平民の妾としては破格の待遇だろう。

 その厚遇のおかげもあって、夏瑚と母は家から出ずに暮らすことができた。

 生まれたときから女性で、聖母だった夏瑚にとっては、その環境は幸運だった。聖母だということが広まらずに、守られて過ごすことができたからだ。


 しかしそのために、滅多に他人と会うことがなかった。

 母が亡くなって、本宅に引き取られてからは、本妻や異母兄たちのもとで暮らした。夏瑚より幼い子はいなかったので、周囲は大人ばかりだった。

 夏瑚自身が年の近い友達を欲しがれば別だったかもしれないが、もうその頃には夏財の夏瑚に考える将来の道筋は出来上がっていて、それに沿った勉強や練習に追われることになった。その勉強はかなり過酷なもので、そうでなければ入試には受からなかっただろう。


 姫祥と友達になれたら、と思ったこともあるが、姫祥のほうに一線が引かれているように感じる。一応立場に上下があるせいだろうか。


 友達は男でも女でもいいのだが、男だと問題視されそうではある。それでも気が合って、遠慮せずに接することができるならどちらでもいいのだ。

 無理はするつもりなないが、出来れば友達は欲しかった。

 わざわざ緑の糸で刺繍をしたのも、その思いがあったからかもしれなかった。


 沐浴を終え、髪を拭いてもらっていると、夕食が運ばれてきた。

 料理人は連れてきていないため、簡易な献立で、羹と餅、葡萄などが配られた。葡萄は昨日宿泊した宿場で買い求めたらしく、まだみずみずしかった。


 初めての野営だが、護衛が多いため、危険は感じない。

 日が落ちて、夜空が藍の色味を増していくと、小さな光の粒が表れ始める。その光はふるふると瞬いている。天井のないところで夜空を眺める経験は、記憶にある限りではない。

 乾期ではあるが、まだまだ日中は日差しが厳しく、何度も汗を拭いた。けれど日が落ちるとぐっと涼しくなる。空気が乾燥してきているせいだ。

 食事を済ませると、体全体が一段と重く感じる。早めに眠ったほうがいいだろう。盛墨も目をこすりながら挨拶に回ってきた。盛墨は騎乗してここまで来たので、夏瑚以上に疲れているだろう。

 乗月王子も早々に休むと言って、設えられた天幕に戻っていった。


 天幕は乗月王子、昇陽王子それぞれ一張、盛兄弟で一張、夏瑚たちと劉慎でそれぞれ一張、護衛たちで三張だった。一際大きいのが王子たちで、盛兄弟もそれに近く、夏瑚と劉慎、護衛用のものは小さい。

 恐らく王子たちの天幕は広間程度の大きさはあるだろう。夏瑚の天幕は平民の個室程度の広さで、詰めても5人程度しか横になれず、荷物も置くと大して余裕はない。

 護衛たちの人数に比べて、天幕が不足するようだが、基本的に交代で見張りをするので問題はないよらしい。その頭数に碧旋が入っているのは予想通りだ。


 夏瑚たちが就寝すると、護衛たちは焚火のそばに集まって見張りの順番を決めた。その後、天幕に戻る者もいた。地面に寝転がる者もいた。

 夜明け前二刻、人の声が響いた。

 盛容はぐっすり寝入っていて、気づかずにいた。夏瑚は夢うつつでその声を聴いた。

 目覚めたのは昇陽王子だった。

 盛墨と劉慎は一度目を覚ましたが、その後時に騒ぎにならなかったので、そのままもう一度眠った。劉慎のほうは眠る前に従者に外を見回ってくるように命じた。従者は静かに天幕を出た。

 天幕を出ると、乗月王子の護衛の一人と出くわした。二人で焚火の傍へ行き、集まっている護衛に何かあったのか尋ねる。

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