表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/198

畿州への旅3

 旅の初日は、疲れもあったのか、夏瑚は早々に床に就き、狭い部屋や姫祥と同室であることも気にせずに寝てしまった。

 翌朝、すっきりと目覚めた夏瑚に対して、劉慎は冴えない表情だった。

 盛墨兄弟は適度な乗馬と兄弟の同室だったので、よく眠れたと言っていた。

 二人の王子はどちらも平然としているようだ。しかし乗月王子はほとんどしゃべらない。挨拶はするし、にこやかだが、相槌を打つ程度で自分から話さないし話にも入ってこない。とは言え、学園でもそうだったような気もする。話さないわけではないが、他の人や側近の扶奏のほうがしゃべっていたように思う。とするともともと無口な人なのかもしれない。華やかな容姿とはちょっとそぐわない印象だ。

 碧旋は全くけろりとしていた。これは予想できたことだ。


 二日目は少々退屈だった。

 馬車の中では、姫祥と話したり、本や資料に目を通すしかすることがない。

 実は刺繍をしようと道具を持参していたのだが、思ったよりも馬車の揺れのせいで針は使えなかった。仕方がないので、休憩の時に少しずつ縫うことにした。それほど糸の量は使わないので、数回の休憩の間に、沙羅の木の葉の刺繍は完成した。

 碧旋が少しでいいから緑の糸が欲しいと言うので、渡そうと思ったのだ。けれど、短い糸をただ渡すのはあまりに素っ気ない。

 本来ならもう少し長いものを上げられれば良かった。父の商売を考えると、それはできなかった。この珍しい鮮やかな緑色は、他にはない。夏財にとっては商売上の武器だ。

 それで考えたのが手巾に小さな刺繍を施すことだ。

 題材は緑色を活かすもの、沙羅の木は若返りのお伽噺がある聖なる木だ。健康を祈る木、生命力を象徴する。健康の願いは万人に通用するため、贈り物の刺繍としてはよく使われる。


 出来上がった刺繍を表に手巾を畳み、立ち上がる。

 日が落ち着る前に仕上げられた。これ以上は手元が暗くなって針が刺せなくなる。いつまでと約束したわけでもないから、今日中に仕上げなければならないことはない。それでもやりかけた仕事を終わらすのは気持ちがいいものだ。


 最後の休憩は、今夜の野営をする川岸でとる。その前に、天幕を張り、夕食を作る。今夜は宿場町に泊まらず、野宿だ。

 街道には宿場町だけでなく、野営をするための場所がいくつかある。そのうちの一つが、川に設えられている沐浴場だ。

 基本的には沐浴は一種の風呂であり、近隣住民の浴場である。

 しかしそれだけではない。沐浴は宗教的な意味合いを持っている。人工的に設けた風呂ではありえない、霊的な祝福、禊としての意味がある。そのため、沐浴場は宗教的な施設でもある。

 大規模な沐浴場には、寺院が併設されて、祈りとして沐浴を行うところもある。


 今夜泊まる沐浴場は、無人の祠があった。

 恐らく近隣住民の生活上の必要性から設けられた沐浴場だったのだろう。宗教上意義深い場所であれば、まず寺院が建てられ、それの一部として沐浴場が作られる。

 だが無人の祠と言うことは、祠のほうが後付けなのだろう。人が集まれば、沐浴の前後で祈祷の需要が生まれ、祠が建てられる。


 街道から近かったことから、その沐浴場に立ち寄る旅人が現われる。旅人も無料で汗を流せる沐浴場は有り難いのだ。そこで野宿する者が増える。それに伴って、野営のための設備が整えられていく。

 設備といっても均した水はけのよい地面に、ぐるりと低めの枝を組み合わせた柵、いくつかの竈という程度だ。天幕を張り、中心に近い地点に馬を集めて繋いでおく。馬を盗まれることが多いので、一番守りやすいところに固めておくのだ。


 護衛たちは天幕を張るのには慣れており、火を熾すのも素早くこなす。

 日が落ち着る前に夏瑚たちは水を浴びる。沐浴場は岸辺に段を設えて川の中に入りやすくなっており、一部に簡単な屋根と壁が作られている。女性はそこで沐浴をするのだ。

 真夏は終わり、乾期の初めなのでまだ気温は高めだ。それでも日が落ちると川での沐浴は寒くなる。勢いよく水を被って埃と汗を落とし、姫祥に髪を洗ってもらう。

 姫祥自身も沐浴しなければならないので、大急ぎだ。もう自分で頭を洗ってしまいたいが、貴族の令嬢は自分では洗わないものだ。元平民としては歯がゆいことこの上ない。

 細かいことは目をつぶることにして、ちょいちょい手を出しつつ、沐浴を終えた。他に女性の目があったらできなかっただろうが、姫祥と二人だけだったので問題はない。


 盛墨や碧旋はまだ未成年で、女性と言うくくりには入っていないのだ。本人たちが女性として扱ってほしいなら、未成年でも女性として扱われるが、それには普段からそういう扱いになる。この度の沐浴だけでそう主張することはできない。

 ただ二人とも公子、侯子という立場はあるので、他の人の目を避けて沐浴をすることは可能だ。

 はじめに二人の王子が沐浴を済ませた。流石に女性よりは手速く、特に昇陽王子はさっさと水を浴びただけで済ませたのか、夏瑚たちが入浴道具一式を揃えて運んでいるうちに、戻ってきていた。


 夏瑚は姫祥もほぼ同時に沐浴をしたので長くかかったが、男性はそこまで沐浴に時間をかけないし、従者の手も煩わさない。男性は女性よりも髪を短くすることが多いためだろう。服装も女性よりも簡素で構わないのだ。


 盛墨は、盛容と沐浴したようだ。

 碧旋は護衛の一団に交じって沐浴を済ませた。

 それを聞いて、思わず姫祥と顔を見合わせた。

 沐浴は布を纏ったまま行うので、深刻な問題はない。ただ、布を纏っているからと言って、しない行動だ。少なくとも慎ましい女性とは言われない。男性でも、身分が高い人ならしない行動だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ