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畿州への旅2

 「やっほー、安物!この着古してこなれた生地の柔らかさがたまらないな!」馬車の中で、夏瑚は満面の笑みだ。

 「確かに着古しは生地が柔らかいですけど。色が褪せてて、見栄えはいまいちなんですよね。それになんですか、やっほーって」姫祥は少しでも居心地をよくするべく、服地を詰め込んだ布袋の配置に悩みながら、上機嫌の主人に突っ込んだ。地味だがしっかりした造りの馬車だ。詰め物をした革張りの座席があるが、そこそこの揺れがある。馬車は一台しかないため、座席や足元にも布袋が置かれている。どうせならそれを使って揺れに対応しようとしているようだ。

「安物のほうが気が楽だなんて、貧乏性が過ぎます。そんな質素な衣服で王族の前に出ることが怖くないんですか」


 「いやあ、怖かったよ。小心者だし、義兄上にも怒られたしね」

 何せ急な出立だったので、劉慎は昨日、てんやわんやだったのだ。関係各所に連絡をし、夏瑚を始めとする侍女、従者、護衛と自分自身の予定を調整し、昇陽王子から渡された資料にも目を通すだけでなく独自の伝手を辿って情報を集めようとし、荷物の手配もした。そのせいで、夏瑚の個人的な荷物に関しては姫祥と夏瑚に任せっきりになってしまったのは致し方ないことだろう。


 集合時刻が早朝で、しかもそのあと馬車に乗るので、朝食は抜くことにした夏瑚と、ぎりぎりまで連絡を取り情報を集め続けていた劉慎は、集合場所まで顔を合わせる機会がなかった。

 集合場所に指定された学園の通用門の車寄せで、夏瑚の姿を見た劉慎は目を見開き、口元をひきつらせた。「ずいぶん動きやすそうな格好だな」


 「役柄には相応しい服装だ。平民の一行という設定で行こう」昇陽王子は満足そうに言う。

 「設定って」盛墨が首を傾げている。確かに道中に盗賊などの人目を惹かないように華美な装いは禁止と言い渡されていたが、別に素性を偽る必要はない。

 ぐるりと周囲を見回すと、当然護衛や従者たちは平民で通る服装をしている。武器を携え胸当てなどの比較的安価な防具を身に着けているので、傭兵と言ったところだ。

 盛容は護衛とほぼ変わらない装備だ。盛墨は防具は同じだが、剣や槍ではなく、棍棒を携えていた。腕より少し短い真っ直ぐな鉄木をそのまま加工したような見た目だが、鉄の輪がその一端にはめてある。剣術の心得がない盛墨には扱いやすいのだろう。


 夏瑚と姫祥も一応短剣を持っている。だが、恐らく使えない。使ったこともないのだ。護身術を学ぶ女性もいるが、他に学ぶことが多すぎて、そこまで手が回らなかったのが本音だ。

 対照的なのが、碧旋で、これは護衛の一人に溶け込んでしまっている。槍も剣も弓矢も装備している。髪はしっかりまとめている。男性でも長髪で髪を束ねている者は珍しくないから、完全に男性の格好だ。


 劉慎は辛うじて平民に見える。金持ちの、と言う但し書きがつくが。華美ではないが、生地が上等すぎる長着のせいだろう。

 意外なことに昇陽王子のほうが、劉慎よりも平民に近い。よく見ると側近の関路と揃いの服装なので、関路の仕業のようだ。二人とも剣と槍を携えている。

 一番華美なのはやはり乗月王子だ。長着の生地も高級品だがありふれたもので、いつもよりは落ち着いた青に黒の刺繍が施されている。

 「乗月は平民には見えないな。では、お前が勲爵当たりの設定にするか」そんなことをぶつぶつ呟いている昇陽王子は完全に面白がっている。


 昇陽王子が面白がって受け入れたせいで、劉慎は表立って夏瑚に怒ることができなくなった。劉慎は夏瑚を睨みつけた。夏瑚としては、劉慎の気が削がれるまで、出来るだけ二人きりにならないようにして、ほとぼりを冷ますつもりだ。


 夏瑚たちの道行きは、気楽なものだった。

 時期は乾期の初期で、毎日穏やかな快晴が続く。

 辿る街道は、治安がいい。王都から延びる主要幹線で、一日のんびりと適度に休憩を取りながら進む。

 その日の夜は、幹線沿いの宿場町に泊まることになった。

 夏瑚は故郷の海州から養女になるために羅州に行く際にも、いくつかの宿場町に泊ったし、学園へ試験を受けに行くため王都へ来た時も同じように泊った。その時には一番良い部屋に泊まったのだが、今回は二人の王子が占めることになる。最上の一室は昇陽王子が乗月王子に譲り、三番目は盛兄弟が使う。

 夏瑚たちは普通の個室に泊まることになった。夏瑚には許容範囲であるが、劉慎にとっては初めての狭さだったらしく、「これも経験だな」と神妙な表情で自分に言い聞かせているようだった。


 碧旋に至っては大部屋に泊まるらしい。夏瑚たちは驚いたが、「大部屋でも、自分たち一行で占めるんだから安全だよ」とけろりとしている。本来寝台がずらりと並んだ大部屋では、見ず知らずの人間とも同室で眠るものらしい。当然、時には荷物を盗まれたり寝込みを襲われたりと言う危険がつきものだというのだ。

 碧旋は何度も大部屋に泊まったことがあるらしく、枕の下に短剣を忍ばせておくこと、貴重品は内股にしまっておくこと、貴重品を入れていない見せかけの荷物を寝台の傍において、鳴子を仕掛けておくこと、などの工夫をするのだと話す。 

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