論科の課題5
碧旋と盛墨が了承したので、課題自体は成立しそうだ。
どうせ了承するのなら、碧旋のように一番で申し出たほうが印象はいいだろう。その判断を迅速にできた碧旋に感心する。そこまで計算して行動したのかどうかは怪しいが。
残るは夏瑚たちと乗月王子だが、昇陽王子と対等の乗月王子とは当然対応は違う。そもそも王子に対して下位に立つ夏瑚たちには、拒否は考えられないのだから。王子を差し置いて、返答を保留するのも無理だ。
「わたくし共も、仰せに従いましょう」夏瑚はそう言って、合掌する。
「ありがとう。残るは、宇州だが」昇陽王子が言葉を止めると、乗月王子はため息をついた。「兄上、反抗するつもりはない。協力する」扶奏がすごい勢いで、乗月王子に振り向いた。乗月王子は扶奏に向かって、片手を軽く上げてから、言った。「だが、解決は我々でしたい。事の顛末も後で説明するから、時間をいただく」思いの外強い声音で断言された。
「では、一番最後の調査対象とする」想定内だったのだろう。昇陽王子はさらっと了承した。
「最初は、畿州で引き受けよう。では、早速だが、明日調査に発つ」
「明日?明日ですか?」劉慎が悲鳴じみた声を出す。
昇陽王子はにやりとして、「そうだとも。時間は有限だ。とりあえず途中で一泊する必要があるし、現地でもそうだな、二三日は見ておくか。授業の予定など変更しておくように。宿の手配は一応しておくが、泊まれないかもしれない。野宿も覚悟しておいてくれ」と言い出した。
「それは受け入れられません」劉慎は完全に叫んだ。「夏瑚は女性です。安全の確保は必須です。それが叶わぬのであれば、数日の猶予を願います」
劉慎としては、夏瑚のためだけでなく、数日の猶予が欲しかったのだろう。その間に父親に連絡を取り、相談のうえ対応策を講じるつもりだったのだが、結局昇陽王子はその場で関路に鳥を飛ばしに行かせ、宿の確約を取り付けさせた。「豪華のもてなしは無理だが、安全は保証する」と微笑む昇陽王子を前に覚悟を決めたのか、「承知いたしました。すぐに準備させていただきます」と劉慎は一礼して、小走りに談話室を出ていった。それを追いかけるように扶奏が席を立ち、姿を消す。
「あー、随分話の進行が速いな。明日発つのか。ええっと何が必要になるんだ?」盛容が頭を掻く。
「予定の調整と、随行者の選定だろうな。随行者は特に制限しないが」昇陽王子はそう言うが、自分たちで選べるのは、十人足らずの護衛と従者たちに限られる。「それほど治安の悪い場所ではないが、過疎地域なので、我々の知らない獣や山賊と遭遇する可能性も無きにしも非ず」
「足はどうする?馬を手配できないか」碧旋が言い出す。「馬術のための馬ならば学園内にも飼われているが」「論科で実地調査することは学園側も許可しているんだろう?だったら、馬と馬車の使用を申し出てみればいい」碧旋は談話室の受付へ行き、寮人と話し始めた。すぐ戻ってきた碧旋は、「馬が使えるかどうか調べてくれるそうだ。ただ学園で飼っている馬を人数分は無理かもしれない。何人で行くのか、馬車は何台か。人数によっては現地調達が難しいかもしれないから、ある程度は荷が必要になる」
碧旋は一人で行くと言い、昇陽王子は関路以下計10名を同行すると言う。つまり学園に同行した臣下全員と言うことだろう。
「私は8名連れていく」乗月王子は側近の扶奏に一人の従者をつけ、別行動となる。扶奏は自領に戻るのだろう。「我々は9名で参る」盛墨、盛容兄弟は兄弟を含め9名の参加だ。残る1人は侍女なので、実地調査には向かない。
夏瑚は迷った。劉慎は扶奏のように領地に戻りたいだろうか。姫祥たち侍女はやはり学園に残すべきか。
夏瑚が姫祥を見ると、姫祥は小さくうなずきながら、僅かに口を動かす。「では、私どもは8名で参ります」少し迷ったが、劉慎は一緒に参加する気がする。となると残していくのは侍女2人。姫祥は連れていく。これで計38名の調査班が結成された。
当然長は昇陽王子が務める。正学生の中で一番上級生だからだ。今回の課題の提示者でもある。
学園の馬車は一台、借りられることになった。それには夏瑚と姫祥が乗る。
必要な荷物は各自で準備する。食料も持参したほうがいいと言う。過疎の地域なので、いきなり40名の大所帯で赴いて、十分に対応できるとは思えない。宿自体は確保したものの、水はともかく食事は出ないそうだ。
学園の馬だけでは足りないので、両王子は護衛も含めて自分たちの馬を王宮から連れてくることになった。盛墨公子、夏瑚はそれぞれの兄弟の分しか王都では自在に乗ることができない。護衛用の馬は事前に申請が必要だ。馬車にはそういう制限はない。
残る護衛と碧旋は学園の馬に乗る。
基本的にはそれぞれの馬に載せられる分だけ荷物を持参することになる。
荷物は各自の判断に任せるということだ。護衛を連れていくくらいなので、武器の携行は当然認められているし、着替えなどの身の回りの品々、金をどれくらい持っていくかも自己責任だ。