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論科の課題4

 「私も一応目は通したけど、あれだけじゃあ、何とも。なんで税収簿だけ?名前は明かせないとしても、集落の他の情報は必須でしょ。それに現地へ調査に行くべきだよね。できれば自分たちで」碧旋はそう言って、夏瑚と劉慎を見る。「意見は言った。あと、どうぞ」


 さらりと批判して自分の番を短時間で済ませた碧旋の要領に苦笑せざるを得ない。

 「確かに情報がこれだけでは、いかようにも考えられます。方向性、どういう切り口で考えていくのか。税収の減少が問題なのはわかります。各集落が全く別の領地のそれであり、減収の原因が共通しているのか疑問に存じます。しかし別々の原因と考えると、これらの資料の意図が見えなくなりますし」


 「では、次の資料を」昇陽王子が関路に目配せをすると、関路が背後に控えていた従者とともに、紐で綴じた冊子を配り始めた。

 劉慎が受け取ったそれを、夏瑚も身を乗り出して覗き込んだ。

 それは、先に受け取った集落の所在地、人口などを記載した領籍だった。

 それによると、夏瑚たちに渡された資料の集落は羅州と海州の領境近くの集落だった。集落としてはぎりぎり羅州に属しているが、集落民の活動範囲としては海州にも跨る。海に近い場所ではある。しかしこの集落は峠の近くにあり、それで課税対象に海産物がなかったのだ。


 羅州の小規模集落の資料は、劉慎が取り寄せていた。それと照らし合わせて該当するものがなかったので羅州の集落だと思っていなかった。なぜ資料から漏れていたのか。

 そして昇陽王子がどうやってこの資料を手に入れたのか、それも疑問だ。基本的には領籍は領主にとって門外不出の資料になる。劉慎は領主の嫡子だから、手に入れることができた。もちろん、王政府でも、手に入れることはできる。六省のうちの治部は各領地の内政も統轄、監視する機能を有している。そこで領籍を扱う場合はあるはずで、必要とあらば入手することが可能だ。もちろん治部の役人でもない昇陽王子は表向きは手に入れられない、はず。


 「私は、他にも類似の傾向を示す集落の資料を複数所持している。だが、それはその方らには見せない。前回と今回、渡したものはそれぞれの領地の集落の資料だ。信じないだろうが、私はそれらの資料に目を通してはいない。控えも存在しない」昇陽王子の説明に扶奏が耳障りな笑い声をあげた。

 「信じなくてもそういうことだ。そのため、今後はその方らがそれを保管せよ。そして必要に応じて、情報を開示してもらう」

 「秘匿できないのはなぜですか?」すかさず劉慎が質問する。「課題を進めるために必要だからだ。私は伝手を辿って、条件に合う集落の資料を収集した。個々の集落の検証は行っていない。それをこれからこの論科で行う。課題の第一段階として」


 夏瑚は思わず息を吞んで、劉慎の顔を見た。次いで、同じ卓を囲む面々を見回した。

 だれが、王族を自領の過疎集落に案内したいと思うだろうか。

 まず、情報収集もしなければならないし、道中の護衛や足、宿泊などの手配も必要だろう。

 それに、自領を繁栄に導くのが領主の務めである。産業を育て、領民を増やして、民を満足させつつ税収を上げる。それができるのが名領主であるし、誰もがそう考える。なのに、その対極のような過疎集落を、王族や他領の人間に晒す気になるわけがない。

 


 だが、拒否できるわけでもない。

 拒否すれば課題は進まないだろう。一人が拒否して、他の者が許すわけがない。全員が拒否すれば完全にこの課題は頓挫する。

 この課題を提示し、進めているのは昇陽王子である。

 課題が頓挫すれば、昇陽王子は面子を失うことになる。

 昇陽王子は王太子ではない。だが、有力候補であり、もし立太子せず将来臣籍に下ったとしても、王位継承権を保持する最上位の貴族となる。上位貴族の出とはいえ、当主ではない面々にとっては、昇陽王子の敵意を買うことは避けたい事態だ。


 せめて、一番手は避けたい。

 要領がわからない。王族に随行して、過疎集落を調査するには何が必要になるのか、見当がつかない。内政担当者の手を煩わすことになりそうだ。そもそも、領主の許可は出るのか?出ないとも考えづらいが、素直に出るとも考えにくい。


 「了解。まあ、孔州は詳しくないから、自分も楽しみだ」けろりと承諾する碧旋の言葉が信じられない。

 夏瑚と同じく、碧旋も養子だ。夏瑚は自分を受け入れた羅州侯に感謝しているし、遠慮がある。彼の治める領地で我が物顔に振舞うことなどできない。逐一この行動は許容されるのか、確認したいと思うってしまう。

 嫡子の劉慎でさえ、苦虫を噛み潰したような表情になっている。父親に許可を求め、事情を説明し、どのような対応をするのか相談しなければならないのだ。父親は喜ばないだろう。叱責される自分が脳裏に浮かぶ。


 「うちも協力します。できれば解決にも手を貸してもらいたいですけど」盛墨がゆっくりと申し出た。兄の盛容のほうを振り返っているが、おどおどした様子はない。盛容のほうも簡単に頷いている。

 これが本物の王族というものか。領主として、王族に咎められる、という危惧を微塵も抱いていないように見える。表立って罰を受けることはなくても、他の貴族に知られれば、嘲笑の種くらいにはなりそうなのに、ちょっと陰で侮られるくらい気にしないという態度だ。

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