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授業の合間4

 夏瑚たちが訓練場に着いた時には、既に授業は始まっていた。

 姫祥が先触れに走り、明月王子の侍女とともに扉を開いて、王子と夏瑚を通してくれた。

 夏瑚の腕をがっちりと捕まえた王子の力はやはり女のものとは思えない。明月王女は、第一王子で間違いないのだろう。年齢的には成人しているはずで、王女を名乗るにはそれなりの事情があるはずだが、知りたいような知りたくないような、夏瑚である。


 それよりも彼女の長衣のほうが気になる。

 「なあに、やっぱりあたしの新しい衣装が気になる?」ふふっと明月王子が嬉しそうに言う。

 「はい。とてもお似合いですから」「そうでしょう。一目見て、気に入ったのよ。これは絶対自分のものにしなきゃってね」王女は得意げに胸を張って説明を始めた。


 新しい商売の申請に来たと言う商人がおり、王への謁見が許されたとの話を小耳に挟んだ王女は、時期を見計らって、南海の間に足を運んだ。王が謁見に使う部屋は五つあるが、一番格が低いのは南海の間だ。相手が商人ということは平民なのでそこになったのだろう。それでも謁見してもらえるということ自体がかなりの優遇措置である。

 新しい商売が有望で、かつ、貴族の口添えがあったに違いない。口添えするということは、後援者の証であり、失敗すればともに責任を負うことにもなりかねない。それなのに口添えするのだから、確実に何らかの利益がある話なのだ。


 そしてそういう商人は、きちんと献上品を持参するのである。商売の見本としてということもあるし、手土産として、そして一種の賄賂として王家に献上される。見本の場合は、民部や蔵部などの関連省庁にも送られるが、見本でも特に高価なものは最終的には王家に回ってくるし、手土産の類は謁見の際にそのまま王や王族に渡されることが決まるのである。一度王が受け取っておいて、分けてくれることもあるが、それでは欲しい物をもらえるとは限らない。特に宝飾品の類は、女性陣で争奪戦になるし、水面下で揉めることもあるのだ。

 揉め事を王が嫌うので、献上品が女性向けの物の場合、侍女たちが伝達に走り、控えの間に集まる。

 王族の女性の中で、謁見の間に入れるのは王の母親である王太后、王の最上位の妃一人と、王子の妻で最上位の夫人一人のみだ。


 明月王子は公式には第一王子である。王子は謁見の間に入ることができる。王の代理として、自ら謁見の間を使用することもできるのだから。しかも一番格の低い南海の間で、相手は平民である。途中入室して口を出しても、ちょっとたしなめられるくらいの不調法さでしかない。

 「陛下のご機嫌は損ねたけどね。淑妃殿下はあたしには甘いしね。控えの間にいる貴妃殿下も快く譲ってくれたわ。王位を譲ってもらえるんだもの、長衣の一つや二つ、大したことじゃないわよねえ?」


 その言葉を聞いて、夏瑚は固まった。

 明月王子は、生母の身分が低く、後ろ盾がない。だから王位の争奪には不利だ。それでも王位継承権自体はある。男であれば、一番の年長者なのだし、もし仮に今王が崩御されれば、未成年の第二王子と第三王子では、即位はできないだろう。

 しかし第二王子は半年ほどすれば成人し、第三王子も一年後を予定しているという噂だ。成人すれば継承順位は並び、王太子が決まるまでは横並びとなる。

 現王は今のところ、特に健康に問題はないようだ。それでも若くはないので、ここ数年のうちに後継者を定められるだろう。継承争いを招くような制度だと思うが、外敵がいない偉華では、王族や貴族の間で争うことに対して危機感が薄いのかもしれない。


 一番不利だと思われる明月王子だが、王子であれば継承権はあるし、万が一有力貴族を後ろ盾にすることもないとは言い切れない。正妃の実家が有力貴族であればよいのだ。

  それがわかっていて、明月王子は王女としてふるまっているのだ。王女であれば、当然継承権は低い。全くないわけではないが、男系の男の継承者がいれば、そちらが優先される。それなのに王女を名乗るということは継承権放棄の意思表示とみなされる行為だろう。


 「さようでございましたか。お気に召す品があってようございました」劉慎は頭を軽く下げる。

 夏瑚にもようやく合点がいった。

 恐らくその商人とは、父の夏財、羅州侯の推薦で謁見が叶ったのだろう。夏瑚はその事実を知らなかったが、明月王子はその商人の娘が羅州侯の養女になり、学園に入学したことを知って訪ねてきたのだ。


 「これほど鮮やかな色は初めてよ。あなたも持っているのではない?」「とんでもございません」夏瑚は慌てて否定した。「確かに珍しい衣や糸が手に入ったとは聞いておりましたが、王族にふさわしいような衣は、私が身に着けるには分不相応です。ですので、糸だけ与えられ、白地の長衣に刺繍を施しました。それでも色味がとても映えますので、気に入っております。殿下のお召し物とは比べものになりませんが」

 「あら、お揃いでもよかったのよ。あなた、いい子だもの」

 明月王子はにこりと笑う。夏瑚は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。

 明月王子は悪い人ではないようだ。朗らかであまり気取っていない。

 しかし、これだけぐいぐい来られると身構えてしまう。王子はただ単純に珍しい衣服が気に入り、夏瑚も贔屓目に見てくれただけかもしれないが、よく知らないうえに、機嫌を損ねると実害がありそうな人間に距離を一方的に詰められると、不安になってくる。 

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