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授業の合間3

 開かれた扉の音に、慌てて膝を床に着け、俯く。

 第一王女、というのが詐称かどうかははっきりしないが、本当に王族であった場合、礼を取らないことには不敬に当たる。ここは学園で、基本的には学園の関係者以外の立ち入りを禁じているから、王族であっても許可なく入り込むことはできない。ただ、王宮内なので距離はあってないようなものだし、警備も外部に対するものだから、潜り込むことは難しくないだろう。

 それに、正式な学園生でなくとも、いくつかの授業に参加することはできる。先日の作法の授業もそうだし、剣術などの実技の授業などの参加や見学は許可があれば可能だ。誰でもは無理だろうが、王族であれば問題ない。そもそも王族とのつながりを得たい者が入学するのだから。


 「突然で驚いたでしょう。お礼を言いに来たのよ。立ってちょうだい」

 笑いを含んだ声が頭上から下りてきた。「ありがとう存じます」まず立ち上がって、横にいる劉慎のほうへ視線を投げる。劉慎がそれに応じるように視線を返し、立ち上がりながら「お初にお目にかかります。羅州侯劉遠が一子、劉慎でございます」と名乗る。「御目文字叶い、光栄に存じます。羅州侯劉遠が三子、劉夏瑚にございます」劉慎に倣い、夏瑚も名乗る。


 「顔を上げていいわ」「はい」劉慎が顔を上げるのを見て、夏瑚も姿勢を正す。

 扉のところから、ゆっくりと緑色の長衣を纏った女性が歩いてくる。

 おお、金かかってる!

 というのが夏瑚の最初の感想だった。

 さすが王女を名乗るだけあって、半端ない高級品揃いである。


 まず長衣は明るい鮮やかな緑色だ。これは滅多にお目にかかれない色だ。

 そもそも鮮やかな色、というのは難しい色なのだ。ただ単純に糸や布を染料に漬けて染めると、薄くぼやけた色合いになる。そういう色合いの服地が生成りの次に安いのはそのためだ。鬱金や藍などはそれでもかなり鮮やかに染まるので、黄色系や青系などの色は比較的安い。

 だが、緑色は単純な方法では染まらない色だ。一度の手間ではきれいに染まらないし、染料を変え何度か染め直すのがもっともありふれた方法だ。それでもぼやけた色や、濁った色になる。これほど鮮やかな色はまずありえない。


 その長衣には、金糸で細かな刺繍が施され、何羽もの小鳥が生命の樹の周囲を飛び回る、吉祥文様を浮き立たせている。この刺繍も見事なもので、恐らくかなりの職人が何日もかかって作り上げた物だろう。

 それに合わせた額や耳、首、腕、指、足首、果ては足の指にまで金の飾りをつけている。こちらは細工と言うより、金が太い。職人の腕よりも金の重量がものを言っている感じである。

 最近は物を見て勘定をはじき出す悪癖は治まってきていたのだが、この装いを見てぶり返してしまった。


 これほど派手で豪華な装いに、負けず劣らずと言った風貌にも目がいく。

 確かに乗月王子と似た印象がある。特に目元の華やかさが似ている。王子を更に派手にした感じに思える。

 ただし、声音は昇陽王子とそっくりだ。野太くはないが、決して女性のものではない。

 ということは、第一王子なのか。

 「あたしは明月。よろしく」

 物言いは完全に女性のもの。

 王の子供は、基本的に男になるのが通例だ。だが、例外はある。本人が女性になることを望んだ場合。それに、男性になれなかった場合だ。

 珍しい例ではあるようだが、男性を希望して洗礼を受けても男性になり切れないことがあるようだ。公表されることではないので、夏瑚は詳しいことは知らないし、真偽のほども定かではないのだが。


 「ところでお礼にお越しいただいたとは、どのような事情か、伺っても?」第一王子なのか、第一王女なのか、とりあえず棚上げにして劉慎が尋ねる。王族の接待はさすがに気が重いので、お兄様ありがとうございます、という気持ちを込めて夏瑚は微笑むのみだ。ちらりとこちらを見た劉慎の目が、刺すように鋭かったことは見なかったことにしておく。


 「もちろんいいわよ」にんまりと口角を上げた明月王子の唇にはたっぷりと紅が塗られている。「だけどね。あたし、剣術の授業の見学にも行きたいのよ。そろそろ始まる時刻だからね」明月王子は顎に指を当てて、夏瑚の顔を覗き込んだ。

 「夏瑚は授業があるの?」「今から一刻は予定はございませんが」嫌な予感を感じながらも、正直に答える。うまい答えを思いつかなかったのだ。

 明月王子は夏瑚の腕を両手で抱え込んだ。「では、共に参りましょう」ぐいぐいと引きたてられて、夏瑚は思わずよろけそうになるが、構わずに明月王子は進んでいく。

 通りすがりに夏瑚が劉慎へ視線を送る。すがるような目つきだが、劉慎は頭を下げ、流してみせる。夏瑚の口が喘ぐようにぱくぱくと動く。それが可笑しくて劉慎は少し笑い、先ほどの留飲を下げた。

 だが、一拍置いて、劉慎も二人の後に従った。夏瑚一人に王族の接待は不安しかないので、結局自分だけが逃れたところで、心配で気を揉むことになるのがわかっていたからだった。

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