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六感『火花』7

 夏瑚の提案にも、自警団の班長は渋い顔だ。

 教会での聴取ではまずい理由があるのだろうか。

 夏瑚は後で知ったことだが、自警団が想定していた聴取は、かなり尋問寄りのもので、体に傷を付ける方法はとらないものの、怒鳴ったりするのは当たり前で、場合によっては眠らせないなどの方法を使うつもりがあった。

 しかし教会内ではその手段が使えない。そのために自警団の班長はなかなか引き下がらなかったのだ。


 流石に教会内で、式長を尋問するとは口にできない。下手すると教会の猛反発を買ってしまう。

 「教会で聴取するなら、他の者にも聴取できますよ。より多く情報が必要なのでは?」夏瑚が更に言う。それでも自警団の班長は硬い表情のままだ。余程呂伸に拘っているようだ。

 呂伸に対してかなり強い疑惑を抱いているのだろうか。犯人だと考えているのかもしれない。


 呂伸の経歴を知っていれば、無理はないかもしれない。夏瑚もその可能性を考えたのだから。呂伸を犯人でないと考えるのは、呂伸には動機がないと考えるからで、それも程元のことを知らず、また、程元に未練がないことを確信したからだ。

 程元のことは自警団の面々は知らないだろう。知らなければ尚更、呂伸には動機がないと考えそうなものだが、過去に軍にいて、『火花』の使い手であることだけを重視すれば、捜査対象になるのは当然ではある。


 「聴取って、誰がするんですか?」夏瑚は切り口を変えることにした。

 「え、それは、たぶん我々が、交代で」班長は戸惑った口調で答える。「交代?そんな長時間聴取すること、ありますか?」

 夏瑚はそっと顧敬を小突く。「あなたたちは、自警団だろう」顧敬はさっきから感じていたらしい疑問を口にした。


 それは夏瑚も思っていたことだった。

 夏瑚の故郷でも、自警団はあったけれど、近所の店の主人や、職人たちなどが、月に二回ほど軍の訓練に参加して武器の扱い方を学んだり、一緒に街の見回りをしているのが普通だった。

 いざ何か事が起こって、領軍が不在になった時などに臨時で街の治安維持に勤めるための訓練だ。基本的には本業は別にあるから、普段は訓練以外はしていない。


 夏瑚はそういうものだと思っていたので、今の禅林は一種の非常時かもしれないけれど、強権を振るって捜査までするとは思っていなかった。捜査をするとしても、あくまで手伝いであり、指揮を取るのは本職の人間だろうと思っていた。

 百歩譲って、ある程度の事情聴取はするのかもしれない。

 しかし自警団の面々で、しかも交代するということは、かなりの長時間の聴取を想定しているをわかる。本職でない人間が長時間にわたって事情聴取をするなんて、適切な聴取になるわけがない。暴力、拷問は当然の尋問になるだろう。


 「禅林では、自警団が聴取までするの?逮捕権とか、捜査権とかあるの?」夏瑚はちょっと子供っぽい言い方をしてみた。

 基本的にそういうものは領主が持っているはずだ。実際に行使するのは、領主が設置した機関が代行することになるだろう。多くの場合、それは領軍や代官府の役人だったりする。

 自警団は表向きは住民たちが自らの意志で治安に協力しているに過ぎない。少なくとも海州ではそうだったし、夏瑚が学んだ政治の授業でもそのように定義されていたはずだ。


 しかし領地では領主が捜査権を持っているということは、もし自警団にそれを委託してしまえば、彼らは容疑者を逮捕することができる。領主が認めれば、尋問だって拷問だって、領地内では合法なのだ。

 「確かに自警団がそこまでするとは」顧敬が眉をしかめて呟くと、「我々も普段はそこまでしない」班長は顧敬の声を遮る。「今回は一刻も早く解決したいとの上様の意向なんだ」


 上様、というのが誰を指しているのかははっきりしないが、恐らく貴族で領主か代官辺りではないだろうか。そうだとすると、尋問が合法の可能性がある。

 「でも式長が祈祷式に出席しないとなると、教会側は困るでしょう。それも上様とやらは、承知しているの?」上様が貴族だとすると、自警団がそれに従うのは無理もないが、貴族も教会と事を構えたくはないはずだ。


 班長は黙る。そこまでは承知していないのか。教会、聖別院を怒らせたら、下手すると成人の儀が行えなくなる可能性がある。

 成人の儀を行うのは、聖別院と洗礼派の二つの教会に限られる。洗礼派は聖別院の分派で、勢力としてはまだまだ限定的で、禅林の近辺には洗礼派の教会はない。

 聖別院が敵対したら、派遣している僧侶を引き上げかねず、そうすると領地内で成人の儀が行えなくなる。領民は別の領地で成人の儀を受けることになり、しばらく通わなければならないこともあって、領民の流出につながる可能性が高い。


 領民は普通、土地に縛られているものだ。別の領地に移住するにはそれなりの理由が必要で、領地によってはそれがかなり厳しい所がある。

 それでも成人する際に、仕事や結婚などで移住する者は多く、一番移住が認められる機会だ。成人の儀が領地で受けられないと言うのは、移住する要因になり得るし、どこの領地も若者の移住は大歓迎だから、移住先の領主が移住に手を貸してくれることもあるくらいだ。

 だからどこの貴族も自領の領民を逃し、他所の領主に舐められるような危険は避けたいはずだ。 

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