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公子の兄1

 盛容は早起きである。いつも同じ時刻に起き、すっきり目覚めて眠気が後を引くことはない。起き抜けそのままに自室に面した中庭で一通りの剣術の型をこなし、体をほぐしてから身支度を整えるのが幼い頃からの習慣だった。

 学園に来てからも目覚める時刻は変わらない。ただ、自宅ではないので、まず最低限の身支度を整えてから、体をほぐすことにした。

 盛容盛墨兄弟の従者たちも、朝の鍛錬に参加している。これも盛容の自宅では毎日行われていたことだ。鍛錬が終わると、そのまま今日の予定と護衛の段どりの打ち合わせをする。


 盛容は弟の側近として入学した。だからここでの護衛対象は弟だ。しかし公爵家の長子は盛容であり、彼が跡取りであることはほぼ決定なので、護衛たちにとっては盛容も護衛対象だった。同時に上司でもあり、最も頼りになる同僚でもあった。


 盛容はじっと机に向かうのが苦手な性格だった。長子であり、嫡子であることから、次期公爵として、様々なことを学ぶ必要性は感じていた。机に座っていると眠気を催すので、本を読んだり暗記をするときには歩き回るようにしたり、小まめに休憩を取り、少しずつ座れる時間を伸ばすようにした。

 毎日鍛錬するのは剣術や対術、乗馬と同じで、盛容にとっては勉学も訓練の対象だった。苦手なことではあるが、苦手だからこそ毎日休みなく取り組み続け、小学を卒業する年齢には、人並みには机に座っていられるようになった。


 弟は、本の虫だった。本は人の手で一冊一冊写されるため高価なものだが、公爵家には図書室があった。弟はそこに籠って本を読んでいた。

 体を動かすことはあまり好きではない盛墨に、盛容は稽古をつけてやった。どの程度なら負担にならないのか、どういう趣向なら好むのか、どのような動作が苦手で、伸ばすべきところ鍛えるべきところ、試行錯誤しながら取り組んだ。盛容自身はかなり早い段階から、根性論を唱える州兵団団長のもとに送り込まれて鍛えられた。しかし自分の弟はそれでは駄目だろうと、盛容は頭をひねった。


 自分に弟がいなかったら、自分はもっと頭が悪かったに違いない、と盛容は思っている。良くも悪くも盛墨は盛容と正反対の気質を思っているように思われた。弟と接していると、盛容は自分を基準に物事を考えるわけにはいかなくなった。

 もっと年の近い兄弟だったら、煩わしく感じたかもしれない。お互いのことを競争相手のように感じた可能性がある。同じ母親から生まれ、その母親と父親の愛情を奪い合うものとして、そして将来の公爵位を奪い合うものとして。


 盛容は赤ん坊だった盛墨を、自分が守ってやるべき者として扱うことを教えられ、可愛がってきた。未だにその頃の愛らしい面影が忘れられないでいる。ふとした表情や仕草に赤ん坊の名残を見る。半分親になってしまっている。

 だから盛容には、自分以上に盛墨を基準に考える癖がついている。そしてそのおかげで、自分だけを基準に考えるのではなく、違う視点からものを見ることが当たり前になっている。そのことが盛容の考える能力を格段に向上させていた。


 弟に対する愛情と、苦手なことでも少しずつ鍛錬できる性格で、盛容は家臣たちからの信頼を得ていた。後継ぎにふさわしいと。

 弟のほうが知識も豊富だし、内政を執り行うことに向いているのではないかと思い、弟が望むなら公爵位は弟に譲り、自分は一介の騎士にでもなってもよいと考えたりもしていた。贅沢を好む性質でもないし、公爵という地位に少しは重圧も感じたせいだ。

 だが、弟自身は気が進まないようだった。父も、「墨は繊細に過ぎる。お前のようにおおらかな方が、下の者もついていきやすい」と評し、後継ぎは盛容に決まった。


父の評価はまんざらでもなかったが、腹芸のできない自分はあまり政治には向いていないと思う。

 ただ、公爵家は王位継承権を保持するがゆえに権力を握れないよう規制があるので、政治的な駆け引きは必須ではない。今以上の力を持てないことに加え、没落はする可能性があるのだから、不公平だとは思うが、ひたすら真面目にこつこつ励むことなら、なんとかできそうだ。


 騎士になってもよい、どころか、なりたかった盛容が通ったのが士官学校だ。

 平民でも能力があれば通える学校であり、卒業生は近衛や各都市の常備軍に配置される、軍人の養成を目指す組織である。貴族でも群の上層部を目指す者は入学することが多く、身分の高低よりも、本人の志望や資質、出身家が軍閥に属している場合などによって志望するのだ。

 そこである程度の評価を得て、卒業している。だから、弟の気が変わっても軍に就職することは可能だった。


 学園に来たのは完全に弟の希望であり、盛容自身は学園の授業自体にそれほど興味はなかった。

 それでも、剣術や馬術の授業は楽しみにしていた。士官学校とはくらべものにはならないだろうが、それでも剣を振るい、馬に乗れるのは嬉しい。参加するのは恐らく正学生の護衛たちが主になるだろうから、少しは骨のある模擬戦もできるかもしれない。  

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