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六感『火花』6

 「それで用件は?」呂伸式長を連れていこうとしていることはわかったが、経緯がわからない。

 自警団にも火事の一報は入っていないのだろうか?そもそも一連の放火事件の情報については自警団にも共有されていると聞いたし、だとしたらさっきの支所への放火の件も報告があるはずだ。

 両殿下も自警団も活用する方針だった。


 だからだろうか?

 自警団の一番の長所は、この禅林についてよく知っていることだ。それも、実際の住民としての知識だ。領軍は、領主と領地のための軍であり、禅林は領主にとって重要な街なので、定期的に巡回してくる。禅林についての知識はもちろん持っているが、自警団とは比べものにならない。


 「事情聴取です。火事の件について」班長だと言う男が答える。

 式長が呂伸であれば、元兵士で『火花』の持ち主だ。軍にいた頃に訓練は受けていたはずなので、夏瑚たちが考えていた犯人像に近い。もし、呂伸が犯人だとすれば、なぜ禅林、女主族の支所に火を付けるのか?

 程元に恨みを感じているならば、嫌がらせの類として女主族の支所に火を付けるかもしれない。それとも、女主族の危機感を煽って、程元に不安を感じさせ、他所へ避難させるため?


 呂伸は程元が女主族のところに身を寄せているのを知らなかったと思う。程元との再会の際、本当に単純にびっくりしていたように見えたし、懐かしそうに微笑んでいた。

 程元は非公式にだが、侯爵家の一員になっていた。非公式なので、恐らく公にはお披露目されなかっただろうし、だから彼女が妊娠して出産したことも公表はされていない。勿論、侯爵家の身内は知っているだろう。家来や、一部の臣下で知っている者もいる。

 しかし軍の一兵卒が知り得る情報ではないし、増してや呂伸は軍を辞めて、顧家の領民でもなくなっている。他所の領民が、探っても知り得る情報ではない。


 だから呂伸が放火していたとしても、理由は程元たちとは関係ないのだろう。

 そして、程元以外の理由で、放火をする理由は思い当たらない。夏瑚たちは呂伸についてほとんど知らないので、思い当たらないのは不思議ではないのだが。

 ただ、教会でも式長という高い地位を占めている呂伸が、どんな理由があるにせよ、放火などするだろうか。先ほどの話を聞いている限り、孤児院長の仕事に拘っているようだったし、それを失うような愚行を犯すとは考えにくい。


 「聴取には協力するが、今それほど時間がない。明日ではどうかと言っているのに」呂伸がため息交じりに零す。

 「次の犯行に関わるかもしれん。今まで大きな被害になってはいないが、それは運がよかっただけだ。人命が失われるような事態になったらどうする?責任を取れるのか」

 「しかし、私にも予定がある。個人的な予定ではなく、僧侶としての予定だ」


 禅林の教会は決して大きな規模ではない。出入りする人間は多く、教会を頼る事件が多い。繁華街なだけに、人間の欲が露わになり、その欲に苦しむ者が少なくない。熱心な信者はあまりいないが、何かに縋りたい者は数多いる。

 教会としては信者を獲得するために当然信者でない人に対しても、自分たちの活動を公開していくわけだ。

 式長は教会の儀式全般を司っている役職だ。だから、教会の外で実施される慈善活動などはあまり出番がない。


 半面、教会内、特に礼拝堂を使った行事や儀式は、式長の役割が大きい。

 今夜行われる祈祷式は、式長が中心になって行われるものらしい。だから教会から長く離れることはできないのだ。

 自警団の面々は渋い表情だ。先ほどからの押し問答は、この繰り返しだったらしい。


 夏瑚は顧敬の陰から顔を出す。「あのー、取り調べは、どれくらい時間がかかりそうなんですか?祈祷式までには終わりませんか?」と聞いてみる。

 自警団の班長はちょっと戸惑ったようだったが、顧敬も呂伸も特に止める様子もなく夏瑚の話を聞いているので、答える気になったようだった。

 「祈祷式までに終わる保証はできない。他にも情報を集めているから、順次突き合わせる必要がある。いち早く情報を突き合わせるためにも、自警団の拠点へ来てもらいたい」


 自警団の班長の話を聞いていると、自警団が捜査を仕切っているように聞こえる。

 でも、実際はどうだろうか。

 王子たちは禅林の内部に関しては自警団が詳しいと考えてはいたものの、女主族の内部情報は持っていないし、禅林の情報にしても代官所のほうが握っている部分もある。さらに、禅林の周辺まで含めて探るとなると自警団では無理で、禅林の領主はもちろん、領軍や近隣の領主の協力も得るつもりでいた。辺境の人の出入りが少ない寒村であれば、自警団の捜索だけで事足りるかもしれないが、禅林は人の流動が多すぎる。


 「自警団で情報を集約するんですか?代官所とか、領軍とかではなくて?」と夏瑚が首を傾げると、班長の顔が一瞬怯んだ。表情に出てしまうということは、やっぱり自警団の人たちは軍人などではなくて、他の職業を持った民間人なんだろう。

 「時間が惜しいんですよね?移動せずに、今から教会内で聴取すればいいじゃないですか。そうすればいち早く情報は得られるし、祈祷式ぎりぎりまで、時間を取れますよね。これだけ人数がいるのなら、拠点に伝達もできるはずだし」 

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