六感『火花』4
子供が庇っているのは、今ここへ頻繁に抜け出してきている女主族の人間のようだ。子供の態度からして、相手も子供のように思う。
院長の言葉からも、ここへ未成年の子供が来ていることが推測できる。男性になる子供が、山羊の道から教会へ通うのではないか。
成人の儀はしばらく教会に通うことになることが多いので、女主族の一員がもし女主族の居住地内では成人の儀が行えないことが事実だとすれば、教会に通うための道が必要になる。成人していない子供をいきなり外に出すわけにもいかないだろう。居住地に住み続けながら、教会に通って、将来を模索することになるのだろう。
いくら女主族とは言え、偉華の他の州と同じように一定数異性になる人間は生まれる。だからいつでも一定数、男になる子供はいる。
支所を通って街中を歩いて教会に通う方法では駄目なのだろうか。人によっては、成人の儀で教会に通うことを隠すこともあるのは知っている。
夏瑚が知っているのは、商会の子供が跡取りとして男であることを望まれていたのに、女になることになった例だ。その子は密かに教会に通った。周囲の人々は落胆はしたものの、彼女を跡取りから外すことはせず、適切な婿を迎えて跡を継がせることにした。
それはまだ、穏やかな顛末の場合のようだ。家業がもっと男性が強く望まれるものであれば、容赦なく家から出されることになるとも聞く。
女主族は特殊な一族なので、逆に男性になると居住地に住めなくなる。見学をした限りでは、女主族には農業以外の家業らしきものはないようだ。あったとしても、居住地内での商売に限られるのだろう。男になったらその仕事を継ぐわけにはいかなくなる。
しかし居住地から出て行きたい子供もいそうだ、と夏瑚は思う。親やそれまでの環境から離れがたく思うのもわかるが、逆にそこから解放されて広い世界に出て行きたい気持ちになるのもわかる。偉華の他の地域とは違っても、女主族のなかでも成人の儀にまつわる複雑な事情があるようだ。
今、教会に通ってくる子供がいるのはわかったが、これ以上問い詰めても答えてくれなさそうだ。
個人の事情まで踏み込むつもりはないので、別の話題に変えたほうがいいだろう。
「お姉さんたちがここにいるのは、院長が知っているんだよね?」冷静な子供は夏瑚に警戒心を持っているようだ。女に対してここまで警戒心を示されることはあまりない気がする。
「もちろん。一緒にいた女性が倒れてしまったから、上の部屋で休ませてもらっていて」夏瑚は丁寧に説明していたが、話している間に何かの物音が聞こえてくるのに気づいた。
物音と言っても、はっきりしたものではない。どちらかと言うと低く、それでも体に響いてくるような低さではなく、掴みどころのないざわめきだ。でも、確かに違和感がある。
夏瑚が黙って耳を澄ませていると、冷静な子供も音に気づいたようだ。「なんかざわついてない?」
「え~、何も聞こえねえ」「いや、そういえば、何か聞こえるような」
今度は明らかに急ぎ足で地面を踏む足音がして、顧敬が夏瑚に向かって歩いてきた。
背後で子供たちが一斉に緊張して、身を寄せ合った。
「どうかした?」「何か、起こったみたいだ」顧敬は真剣な表情で言い、様子を見に行くと言いだした。
しかし夏瑚たち3人では身の安全に不安が残る。夏瑚が躊躇っていると、さらに物音が加わった。その物音は近づいてくる。全員が身構えていると、ばたばたと子供が一人走って来た。
「大変だ、院長先生が連れていかれる!」と叫んだ。
子供たちは一斉に走り出した。院長は余程子供たちに好かれていると見える。
子供たちはあっという間に一塊になると、正門の方向へ走って行った。
「連れていかれるって、どういうこと?」夏瑚と顧敬は顔を見合わせたが、事情が分かるわけもない。
かなり迷ったが、二人で子供たちの後を追うことにした。何か起きているのは確かだが、院長に対してならば、夏瑚たちにとっての危険ではなさそうだと考えた。しかし、実際のところ、確信はない。夏瑚たち4人にとって何が一番安全か、判断するのは難しい事だった。
顧敬一人に探ってきてもらうことも考えたが、結局夏瑚自身の好奇心に負けた。それに顧敬よりも夏瑚のほうが情報を集めやすいように思う。
自分の判断に自信はなかったが、決めたからには素早く行動したほうがよい。夏瑚たちも急いで正門の方へ向かう。
だんだんとざわめきが大きくなり、物音がはっきりと聞き分けられるようになってきた。
かなり大勢の人間が、色んなことを話しているようだ。歩き回ったり、何かを叩いたりしているように思える。
まずは物陰に隠れて様子を窺うことにする。
大きな石像の陰に上手く隠れることができた。そこまでは植え込みが続いていたので、中腰姿勢で移動した。移動しながら、周囲を観察する。
正門の前で、ざっと20人ばかりの集団がかなり大きめの声で話をしている。彼らは一見普通の平民に見えたが、揃いの革製の革製の胸当てを付け、短槍を手にしていた。




