六感『火花』3
聖別院の信者でない人を指す「山羊」という呼称はともかく、「山羊の道」が夏瑚たちが通ってきた小径だとすれば、通るのは女主族になるのではないか。あの小径は女主族の支所から続いていた。女主族以外の人間でもあの道を使うことができるけれど、女主族の支所に沿って作られている道なので、他の人はあまり入ってこないだろう。
「山羊の道って、女主族の人が使う道ってことじゃないの?」夏瑚は思ったままを聞いてみた。
「そうだよ」あっさりと『火花』に詳しい子供が言った。「この道は女主族の裏道扱いらしいよ。普段は使わないし」「禅林の人は正面から入ってくるからな」
「なんでそんな道があるんだろう?」夏瑚は素直に言った。
「女主族の人って、外に出てこない人が多いんじゃないの?外が嫌いなんじゃないの?」「禅林が嫌いってこと?」
「危ないからだろ?女主族の人ってさ、禅林に住んでるくせに禅林に疎いんだよな。危ない奴らがうろついてる場所とか、あんまわかってない」
女主族のうちには外部から逃げ込んできた女性も多い。そしてそういう女性と接して、居住地の外に警戒心を持つ者もいるだろう。
そもそも外部との接触を断ち、居住地を厳重に守っていることで有名な一族だ。
それでも外部に通じるのが支所だけというのも不便な面はあるのだろう。
かと言って、その道を外部に知られたら、そこから侵入されることにもなりかねないので、あのような小径となったのではないか。
「お姉さんは、女主族の人じゃないの?」と『火花』に詳しい子供が聞いてきた。
「違うの。女主族の人に話を聞きに来ただけよ」「じゃあ他所の人なんだね」
「じゃあ禅林のことは詳しくないんだね」子供たちは納得した様子。
子供たちが口々に説明してくれたところによると、禅林はかなり危険なところがあるため、土地勘が必要だ。普段出歩かない女主族の人間がたまに禅林の街を歩こうとすると、何かしらの危険に巻き込まれることになる。
それを避けるためもあって、女主族は滅多に居住地から出ない。出なければならないときは、自警団の団員と共に行動するなど工夫することになる。
しかし一人で行動したい者もいるはずだ。守られているのだが、監視されているように感じる者もいるだろう。
一人で自由に行動するには、申請したうえで、族長たちの審査次第で許可が出るらしいが、滅多に許可は下りないらしいし、なによりそういう一連の手続きも嫌気がさす者も多いだろう。
危険かもしれないが、自分の意志一つでふらりと街へ出ることができれば、と考える者は必ずいるはずだ。そういう者のために作られた小径なのだろう。いや、自ら作ったのかもしれない。そして、それが受け継がれているんだろう。
「実際にあの道普段も使われているの?」「ときどきね」という答えが返ってくる。「ってことは、女主族の誰かがここに来るの?会ったこと、ある?」
「友達だよ」『火花』に詳しい子供がにこにこ笑う。
他の二人は口に出すのを躊躇っているようだ。「おまえ」一人が『火花』に詳しい子供を咎めるように声を掛ける。「ん?なんだ?」『火花』に詳しい子供が二人の心情に気づかないので、「勝手に言っちゃっていいのかよ」と冷静な子供が噛みつく。
「え、駄目なの?」「別に他の人に言いつけたりしないよ」夏瑚は笑顔で言う。「だよな。って、誰に言っちゃ駄目なんだ?」
「駄目ってことはないんじゃないかな」夏瑚は女主族の掟法を思い返す。掟法は、女主族の居住地の法律であり、族長はそれに従って統治している。
掟法は、原則と細則に分かれていて、流石に細則をすべて把握しているわけではない。思い返す限りでは、居住地から女主族が外出することは禁止事項ではなかったはずだ。
外部から入ることは明白に禁止されている。
住民が外出することは禁止されていないが、外出する際に護衛を要望する権利があると規定されていたと思う。監視ではなくて、法的には権利であり、あくまで住民を守護するための決まりごとがあるということだ。
だから族長に知られたところで、刑を科されるわけではない。
しかし、必要な手続きを怠ったことで、説教は食らうのではないか。少なくとも護衛や手続きは何の理由もなく定められたものではないのだろうから。
「でも、あいつは隠したがってた」冷静な子供は考えながら話す。「だから、俺は言わない」「そうだね。言わなくてもいいけれど、言わなくても大体わかっちゃうってこと、あるよね」
一人で隠れて居住地から抜け出す女主族が存在することは明らかだ。子供の答えを聞くまでもない。子供たちがそういうことを知っていたことからすると、少なくとも子供たち自身か子供たちが知っている人かが抜け出す女主族に会ったことくらいあるのだろう。
そもそも呂伸も女主族の未成年者が教会に来て、成人すると言っていた。成人の儀は一度きりではないから、この道を通ってくることもあるのではないか。
今回火事から逃れて夏瑚たちがあの道を辿ったように、避難経路としても認められているのではないか。案外、あの道を通って、一人で外出することも暗黙の裡に認められているのではないだろうか。




