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聖母ともう一人の養子6

 顧敬は慌ただしく去っていった。

 夏瑚の言葉には納得できない面持ちだったが、丁寧に礼を述べていた。碧旋が絡まないと、普通の人のように見える。夏瑚がそう言うと、「もともとの顧侯子は常識人という評判です。手堅く、真面目な方だとお聞きしました」姫祥が文房具を揃えながら言った。


 「学園に入る前、お兄様に同級生となる方々の情報を教えていただいたわよね」夏瑚はその時の記憶を思い返した。確か、孔州侯はあまり中央の権力には興味がないと思われてきたのに、今回養子を迎えたことでその見方が変わりつつあると。

 「侯子も浮足立っておられるご様子」「浮足立つ?」夏瑚が聞き返すと、姫祥が「授業に向かいましょう」と行動を促す。「もうそんな時間?やれやれ」

 どうも夏瑚は受けている授業が多いようだ。正学生なので、全ての授業を受けることができる。側近である劉慎たちよりも制限がない分、多くなるのは当然だ。しかし、同じ正学生の盛墨や碧旋よりも多いようなのだ。


 「碧旋様もきっとかなりの授業数を受けるように、手続きされたと思います」「顧侯子がね」確かに夏瑚の受講予定も劉慎が組んだ。夏瑚も一応希望は聞かれたが、それ以上に受けてほしい授業の説明が長く、夏瑚のいい加減な印象だけで決めた希望は掻き消されてしまった。

 王族に嫁ぐ可能性がある養女には、できるだけ教養を身に着けてほしいのだろう。平民出身であるだけにその必要性は夏瑚自身もわかっていたから、夏瑚は諦めたのだ。それに、それほど強い希望が自身になかったせいもある。


 「顧侯子は劉慎様と同じく、碧旋様には有力者と縁づいてもらいたいわけです」歩きながら姫祥の説明が始まった。「一番望ましいのは王族、最上は王子に嫁ぎ、将来の王妃となること」

 現在の次期王太子は乗月王子か、昇陽王子とみなされている。論科で同じ組になったのは誰かに仕組まれているのか夏瑚は知らないが、少なくともこれでしっかりとした接点はできた。

 「王妃は無理でも、王族の方と個人的なつながりを持てば、貴族としては有利です。他の貴族に嫁ぐことで、侯爵家と王家、嫁ぎ先とのつながりを作り出せますからね」それは劉慎や夏財が夏瑚に説明してくれた内容だ。


 「そしてもう一つ」姫祥の言葉に、夏瑚はちょっと首を傾けた。これは聞いていない。「王族にも嫁がず、他の有力貴族とも縁づかない場合」「まあ、そういうこともありうるよね。それはそれで悲観しないで生きたいと思います」夏瑚は苦笑した。そういう事態となれば、養子に迎えた侯爵家にとっては目的を達成できなかったのだから失策となる。夏瑚自身は実家に戻されることになるのだろうと思っていた。

 「そうはならないと思いますよ」姫祥の声に呆れがにじむ。「わかりません?貴族としての教養を持った女性は貴重なんですよ。子供の数自体それほど多くないのに、まず跡継ぎを確保しなければならないんですから。高位の貴族なら、爵位や役職を複数保持している場合もあるんです。男になることを優先するので、女性になるのは第二子、場合によっては第三子以降になるんです」「へえー、よく知ってるねえ」夏瑚が素直に感心すると、「劉慎様の講義で仰ってましたよ。夏瑚様も一緒にお聞きしてましたけど」姫祥の声の棘が容赦なく夏瑚を刺す。


 「だから、貴族としての教養を身に着けられそうで、実家もそれなりに力や金がある子供を養女として迎えることはそれほど珍しくありません。そして、妻に迎えることも」「そうだねえ。だからどこかには嫁げるってこと?」「ええ、その場合、養子縁組を解消して、当主や跡継ぎと結婚させるということです」

 夏瑚の足が止まる。その後ろを歩いていた姫祥は、危うく夏瑚にぶつかりそうになり、たたらを踏んだ。「…意外でしたか?」姫祥には夏瑚がその可能性に気づいていないことがわかっていたのだろう。

気遣うような穏やかな声音に、夏瑚は笑って見せた。「思いつかなかったわ。そういう可能性もあるのね」

 「可能性と言うより、そうなることも視野に入れて養子縁組をされているのでしょう」夏瑚は劉慎がそのことを承知しているのか、思いを巡らす。

 夏瑚が侯爵家に嫁ぐとすれば、劉慎の妻としてであろう。第二子の可能性もなくはないが、第一子の劉慎をまずは結婚させるのが一般的だ。婚約者はいないと聞いている。

劉慎の態度からは、夏瑚が自分の妻になる可能性を意識している様子は感じられない。貴族の常識を劉慎が知らないはずはないから、そう言う可能性もあることはわかっていても、特に意識していないということだ。

 「劉慎様は冷静ですよね。過剰に意識しても、仕方がありませんから。別の人に嫁ぐ可能性も高いわけですし。逆に顧侯子はその可能性に舞い上がってしまわれた」「ああ、なるほど」

 思わず納得した夏瑚だったが、ちろりと姫祥を睨む。「なんでそんなにわかるのかなあ。ほんとに平民?」 

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