道の行く先4
「院長先生、お客さん」孤児の一人が言う。
四人の若者は丁寧な礼を取る。従者として紹介された者たちで、従者だけ四人もいるのが不自然だ。
従者とは、主人である貴族に従い、その用事をこなすのが仕事で、特に信頼関係のある筆頭従者は、一時たりとも主人と離れず、結婚も将来も主人の選択に委ね人生を捧げ尽くす者もいる。
主人と従者が離れて行動するのがまず珍しい。主人の意を受けて、代行者として行動する者も多いが、それは主人がある程度権力を握ってからで、成人したばかりの年齢では、そのようなことはない。
買い物や使者として別行動をすることはあるものの、どちらかというと、そういうお使いはもっと下働きの子供などがやるものだ。従者自身もかなりの教養や能力が必要になるので、それなりの地位の者がつく。
従者にも休みがあるが、従者が全員揃って休むということは滅多にない。交代で休むのが普通だ。
式長は先日の紹介の場面を思い返す。筆頭従者はこの中にはいない。だから派遣されてきたのか?それとも休みを取って礼拝に来たのだろうか?
いや、ただの参拝客は教会の奥に位置する孤児院までは通れない。学校を兼ねているので、地元の子供たちは通ることはできるし、手伝いをしてくれている地元住民もここまでくるので、物理的に壁があるわけではない。
参拝客が見たくなるようなものが特にない一角なので、そこまで足を運ぶことはないし、僧侶たちもこの先は参拝客は進入禁止であることを説明することになっている。
この4人は先日の説明で教会の奥は孤児院と学校であることを説明されている。その際に見学もしているので、事情は分かっているはずだ。
式長はその時、4人に囲まれている女性の存在をはっきりと確認した。
それまで小柄な女性は4人の陰に隠れていた。足元などは見えていたけれど、まず4人に気を取られていたこと、足元だけでも貧しい女性であることがわかったことで、油断していたのかもしれない。
「そちらの方は、先日ご一緒ではなかったですね?」
細い麻紐を編んだ履物は、この辺りの村人がよく履くありふれたものだ。他の4人は革紐を編んだものや、紗を使った履物を履いている。
「前触れなく、お邪魔して申し訳なく存じます。実はここに迷い込みまして」前回は護衛見習いだと紹介された少年が言う。
少年は簡単に名を名乗り、仲間を次々と紹介する。
4人目の少年は顧敬と名乗る。上背は他の仲間より頭一つ抜けて高いが、常に碧旋と言う少年を見ているところから、この群れの指導者は碧君らしい。この顧敬という少年、前回の時にはいなかった。役人の側近だと言う少年と同じような雰囲気なので、恐らく似たような立ち位置の子供なのだろう。
良家の子女らしき4人が取り囲んでいる貧しい女性は、彼らとどんな関係なのだろうか。
紹介のために4人が体をずらし、女性と式長を対面させる。
二人の視線が繋がったとき、たぶん、程元の方が驚きが深かっただろう。
程元が息を吸い込む音が大きく響き、彼女はへなへなと床に座り込む。
夏瑚は程元の態度に内心慌てた。具合が悪くなったのかと心配にもなった。思わず程元の側に屈みこみ、「大丈夫?どこが悪いの?」と聞いた。
程元は答えなかった。それまで程元は夏瑚たちの質問に一生懸命答えてきた。返事に窮するような場面でも、考えながら口ごもりながらでも必ず何かしらの反応を返してきた。
でも、今は程元の目は式長に釘付けになっている。
「知り合いですか」碧旋の用心深い言い回しに、夏瑚ははっとした。
「そうですね。まさか、憶えているとは思ってませんでしたが」式長は穏やかに言う。「昔のことです。程さん、お久しぶりです」式長は程元を見て、次いで4人の反応を見た。「私の昔話にご興味がおありなのですか?あなた方、身分のある方々には詰まらない話だと思いますが」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」夏瑚が聞く。
「呂伸です。若いころ、程さんのご実家で雇われていた者ですよ」
式長はあくまで穏やかに、5人に座るように勧め、お茶を淹れてくれた。
程元はすっかり腰が抜けてしまったのか、姫祥と夏瑚の二人がかりで椅子に座らせた。無理もないと思う。そもそも、自分の大事な子供がどこかへ姿を消してしまっている。
さらに、今日は彼女がずっと胸にしまってきた苦い記憶を、よく知らない客人に打ち明けてしまっていた。
その上、なぜか放火騒ぎに巻き込まれた。
どれか一つでも、心は波立つものだろうに、これほど重なったうえに、子供の出生に関係する男、苦い記憶に関わる男といきなり対面することになったのだ。ある程度は彼女の行動の結果とは言え、気の毒だとも思う。
夏瑚たちも椅子に座って、じっと式長を観察している。
「呂伸さんは、孔州軍に所属していたと伺いましたが」碧旋の質問に「はい。3年ほどいました。ですが、思うところありまして、辞めましてね。…辞めた事情をご存知なのですか?」




