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道の行く先3

 夏瑚は姫祥を振り返る。

 ことは姫祥の方により影響する。だから夏瑚の一存では決めかねるのだ。姫祥は夏瑚を見て、しっかりと頷いた。

 碧旋はそんな二人を見ている。「では行こうか」

 顧敬はよくわからないながらも、取り敢えず火事からは逃れられること、程元や夏瑚たちを無事に守れたことに安堵していた。


 一行はその狭い小道を進む。表面は土に覆われているが、そのすぐ下にはどうやら石が敷き詰められているようだ。この狭さでも獣道ではなく、れっきとした舗装路なのだ。

 辿り着いたのは、教会の敷地との境を示す土塀だ。人の背丈ほどの高さだが、数寸の棒状の石材が土塀に埋め込まれている。塀の他の部分にはそれはなく、道の終着地点にだけ石材があり、その突起が階段状に並んでいるのを見ると、ここを乗り越えることが想定されているのだとわかる。


 碧旋達は軽々と塀を乗り越えた。

 教会の一番奥まった場所らしく、あたりには誰もいない。誰かいたとしても、事情を説明すれば特に問題にはならないだろう。

 近くには日干し煉瓦で建てられた比較的大きな建物が一棟建っている。一番ありふれた日干し煉瓦そのままの白っぽい土色の建物で、形も単純な箱形だ。


 「これは、孤児院ですか?」夏瑚は記憶を振り返る。

 この前教会を訪れたとき、聖堂の奥に孤児院だという建物を見た。学校も兼ねていて、周囲の子供も通っているという話だった。

 「そのようだ」

 孤児院の周囲には畑があり、そこに二人の子供がいた。どちらも小さい子供で、二~三才といったところか。一行を見てぽかんとしていたが、過剰に驚いたり怖がったりする様子はなく、「こんにちは」と碧旋が挨拶すると、「ちわ」と挨拶らしい片言を口にする。


 夏瑚が見るところ、やや痩せた子供たちだった。

 女主族のところでも思ったが、この辺りで出会った子供たちは、故郷の海州で接していた子供より痩せて埃っぽい。こちらの方が乾燥した地域で水が貴重なせいだろう、あまり頻繁に水を浴びている風ではない。

 夏瑚や姫祥は蒸し暑いことが多い海州の出身なので、始終水浴びをしていたし、衣服もまめに洗濯をしていた。洗って日に当てることが多いので、衣服はすぐに日に焼け色が褪せるので、染料は濃い色が出るものが好まれる。

 この辺りでは洗濯も回数が少なそうだ。色も砂を薄っすらと被ったように見えるものが多い。海州では下級品の染料でも、この辺りなら需要があるかもしれないな、と思う。


 海州では、野生でも実のなる木々が多く生えていて、川も海も魚が豊富で、孤児でも食べるだけならば結構何とかなっていた。そのせいか、小さな子供たちは皆頬がふっくらとして可愛らしい。

 でも、この子たちはどうだろう。不健康とまでは思わないものの、もう少し肉付きが良くてもいいのではないだろうか。

 夏瑚は二人の側で屈み、「年はいくつ?」と聞いてみた。一人はぽかんとしたまま、もう一人は黙って指を動かし、3か4か、指を立ててみせる。3才なら小さな子供で済みそうだが、4才ならちょっと栄養が足りていないかもしれない。


 「院長か、誰かいるかな。ご挨拶したいんだけど」碧旋の言葉に、片方の子供がこっくりと頷く。

 頷いた子供がもう一人と手をつなぎ、歩き出す。一行はその後を大人しくついて行く。

 子供たちは孤児院の建物をぐるりと半周し、反対側の出入り口から中に入った。

 そちら側はこの前の見学の時には使わなかった方の出入り口で、入るとすぐに階段があった。二階には院長室などがあるらしい。教室や子供たちの寝室などは一階、二階は職員たちの個室などで外部の人間には公開されていない部分になるようだ。


 子供たちは一番手前の右側の扉をほとほとと叩き、中から返事があった。子供たちは扉に手こずったので、替わって碧旋が扉を開ける。

 「失礼。突然申し訳ない」碧旋が礼をすると、「これは意外なお客様ですな。どうされました?どのようにしてここまで?」と答えたのは、先日夏瑚たちの案内をしてくれた式長だった。


 あの時は夏瑚たちはあくまで従者の立場だったから、憶えられていないかもと思っていたが、「憶えておりますとも」と夏瑚の心の内を読んだかのように式長が言う。

 役人は時折教会にやってくる。

 式長にとっては珍しい客ではない。だから、先日の一行が、明らかにただの役人などではないことは察していた。


 大体お題目通りに役人だと受け取っても、若すぎる。地方政府の下っ端役人であっても、成人したての年齢で就くとなると、相当の後ろ盾が必要になる。高位貴族の紐付きでしかあり得ない。

 だから役人たちは高位貴族のご子息で、他はその従者だ。高位貴族の子息はほぼ嫡男と同義だ。つまり将来の高位貴族の当主である。その従者もそれなりの地位の者であることが多い。

 今現在は無位であっても、ゆくゆくは当主から爵位を与えられることになる。


 彼らは今は年若い従者かもしれないが、力を持っていないわけではない。自分で権力を掌握しているのでなくとも、握っている者に望みを伝え、実現する可能性がある。

 式長は用心深い。宗教の関係者となっても、権力から完全に逃れることはできない。冷静さを常に保ち、よく考えて距離を取る必要がある。

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