本音5
涙ながらに語る程元の昔話を聞いていると、落ち着かない気持ちになった。
枝葉を取っ払うと、一時期二股状態だったということだ。無表情で話を聞いていた碧旋が、「結局碧梓はどっちの子供?」とずばりと質問する。
口ごもり、再びしゃくりをあげる程元を見て、「わからない?」と碧旋が重ねて聞くとこくんと頷いた。
壁際に佇んでいる顧敬ががっくりとうなだれた。
時期が重なっていれば、そういうものかもしれない。夏瑚の母の故郷なら、誰が誰の子供なのか調べる方法があるらしいが、詳しいことは知らないし、ここで実行できる方法でもないという話だった。
母親ならばわかるとも聞いたことがあるが、程元にもわからないと言う。
碧梓がどちらかに似ていればよかったのだろうが、どちらにもこれと言って似ていないらしい。
呂伸と関係を持ったのは一度きりだったそうだ。その時は流されそれほど罪悪感を感じなかった。しかし領主館に帰り着いて、我に返って恐ろしくなった。これが知られたら、どうなってしまうのか。程元だけではなく、呂伸も、下手すれば故郷の家族すら、何か罪に問われるかもしれない。先代侯爵は無体なことを実行する人ではないと評判だが、出来る出来ないで言えば、出来てしまう。
貴族とはそういうものだった。
それでも子供は先代侯爵との子供だと思っていた。呂伸とは一度きり、日が経つにつれ、その行為の記憶も薄れていった。二人の逢瀬が知られた形跡はない。穏やかな日々が続き、やがて妊娠が判明し、呂伸の可能性がちらりと横切ったものの、先代侯爵との関係のほうが圧倒的に回数が多いのだから、きっと先代様の子供だろう。
先代侯爵は疑う様子もなく、当代侯爵も程元たちのことを認めてくれたので、公式なお披露目などはなかったが、族譜に程元は後妻として記載された。
出産も順調で、手厚い看護の元、産前も産後も至れり尽くせりだった。難を言えば程元の母親を呼ばなかったことだろうか。先代侯爵は呼ぶことを提案してくれたのを、程元自身が断ったのだった。
程元はこれまでの経緯を母親に話していなかった。両親が知っているのは娘が領主館で働いていることだけだ。元気で働いていることだけを当たり障りなく記した手紙を定期的に送っている。一体どんな顔をして、親子以上に年が離れた先代侯爵と関係を持ったこと、呂伸のこと、出産のこと、話せばいいのかがわからなかったのだ。
それでも侯爵家掛かりつけの医師に診察してもらい、十分な栄養と休息のもと、健康な子供が生まれ、先代侯爵はじめ当代侯爵たちも祝福してくれた。
顧敬は既に誕生しており、こちらも健康に育っていたので、家族間の余計な軋轢はなかった。程元は呂伸のことは記憶の底に沈めて子育てに夢中になっていた。
それが変わったのは、先代侯爵が突然亡くなった時からだった。
先代侯爵は落馬事故で亡くなった。乗馬の最中に突然一声唸り声を挙げ、馬上から転がり落ちたのだ。落馬の際に、頭を打ったらしく意識はなく、馬に蹴られて腰骨も骨折していた。馬もその場で転倒して足を折り、死んでしまった。
先代侯爵はすぐに医師の診察を受けたが、結局意識を取り戻すことなく二日後に亡くなった。
当初程元は呆然とし、何とか顧梓の面倒を見ている情況だった。周囲の人々があれこれと手を尽くしてくれて生活を送っていた。
当代侯爵は程元親子を庇護するつもりでいた。彼らは顧梓が身内だと信じて疑っていなかった。だから何も問題はなかったはずだった。
届いた一通の手紙。
それはある日突然、顧梓の手の中にあった。
歩けるようになり、時々転びながらも走るようになって、領主館の裏庭を一人で駆け回るのが習慣になっていた。乳母と一緒に追いかけるのだが、数分間見失うことも珍しくなかった。
裏庭には果樹が植えられていて、甘い実をつける低木の茂みもあちこちにあった。子供ならすぐ隠れてしまう。
見つけ出して捕まえた顧梓がご機嫌で、かくれんぼでもしているつもりのようだった。子供を抱えると、その手の中にある紙切れがくしゃりと音を立てた。
その紙を手に取って広げたのは無意識だった。中に書かれた文字は「おれのこども」と読めた。
その文字が呂伸のものかどうかは、はっきりとしない。呂伸はあまり読み書きは得意ではなく、程元は呂伸の文字を見た覚えがなかった。
呂伸自身が書いたものではないかもしれない。だとしても、顧梓が先代侯爵の子供でないという疑念をもっている人物が存在するということだ。
程元自身は顧梓は先代侯爵の子供だと思っていた。しかし、確信には至らず、また、それを判断する方法もなかった。
その曖昧な状況が、程元を追い詰めた。
誰が疑念を持っているのかがわからない。自分でも真実がわからない。自分がこのままでよいのか、わからない。
問題が問題だけに、誰にも相談もできない。巻き込みたくないから、両親にも相談できない。
家族とされていても、当代侯爵は一番恐れている人だ。周囲の侯爵家の家臣も心を許せない。程元は孤独だった。そしてそれに耐えきれなくなった。




