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本音2

 程元は先代侯爵が怖かった。

 嫌いだったのではない。偉い人なのはわかっていたし、嫌な人ではなかった。

 初めて会ったのは程元が14歳のとき。親から送り出されて、初めて見る領都に舞い上がっていたその日だった。

 親元から離れるのは楽しみでもあったけれど、反面、不安でもあった。程元は親には可愛がられて育ったから、親に対する反発心はあまりなく、居心地の良い巣を離れることへの危惧があった。


 程元は数人の成人した仲間と共に、領地の幹部たちの面接を受けた。毎年、成人した若者たちが領都に集まり、将来についての希望を述べる。親の跡を継ぐ者は領都にはいかないが、二子以降の若者、孤児などが領都に来る。

 幹部は、人材を求めて面接に臨む。程元は領主館の見習いとして採用されて、ここでも夢見心地だった。男に比べ女の職場は選択肢が少なく、その中では領主館が一番条件が良い。


 そうは言っても、実際の仕事は下働きだ。洗濯はやはり冷たい水で洗うから、辛いことに変わりない。それに量が多く、実家よりも大変かもしれない。しかし、大勢で喋りながら足踏みでやる洗濯は別の楽しみはあった。

 一年経つ頃には、条件が良いと言っても特別なことは何もなく、少し領都の環境に慣れただけの地味なごく普通の娘であることを身に染みた。


 領主館の条件が良いのは、領地の中での有力者が集まるところにある。面接は、領都にやって来た一度きりだが、領主館で働けば、彼ら幹部に度々会うことになる。

 さらにそれ以外にも有力な商会が出入りし、地域の名家の代表者が集まる。領地以外の使者や役人、商会などもやってくる。

 それらの人々と何かしらの縁を繋げれば、それは出世や玉の輿などと言われることになる。実際に見初められた手伝いの少女もいる。訪れるほうも、それを期待する向きもあるから、可能性はあるのだ。


 でも自分はどれだけここにいようと、そういう華々しいことはないだろう。そういうことが程元にもわかってしまった。飛びぬけているどころか、平均ですらない。

 恐らく、この領主館の下女の中で一番要領が悪い。洗濯ものの仕上がりが一番遅くて、悪いのは程元なのだ。

 掃除をしてもそう、不真面目と言うのではなく、手抜きしたつもりはなくても、「ここ、この隅、次からは気を付けて」「力を入れ過ぎると生地が傷むって注意したでしょう」と同じ注意を何度もされた。自分では気を付けていたつもりだったのに、気を付けるだけでは不十分らしかった。


 恋愛にも憧れていた。領主館で働けば、未婚の男性からは引く手あまただと聞いていた。実際、領主館で働く同僚に当たる従者や下男からはよく話しかけられるし、出入りする文官や武官とも挨拶をしたり接する機会がある。出入りの商会の若者などに至っては甘いお菓子や王都の流行りだと言う髪飾りを手土産に配られたこともあった。

 露骨にお見合いの席を設けられることすらあった。


 他の同僚たちは楽しそうにくすくす笑いながらその場に興じていた。そして、皆何人かの男性と連絡先を交換したり、既にしっかりと恋に落ちてしまった男女もいた。

 一年ほどの間にほとんどの女の子に恋人ができている。領主館に勤める若い女の子は勤め始めて二年以内に大体結婚を決めてしまうのが通例だ。

 一年経っても程元には恋人がいなかった。連絡を取り合う男の友達もいない。


 誰にも好かれなかった。程元の自信は粉々になった。

 地元では、程元は可愛い女の子だと言われているはずだった。自分では、一番とは言えないまでも可愛い方、みんな自分に好意を持ってくれていると信じていた。自分も相手に好意を向ければ返してくれるはずだと思っていた。

 ここまで誰にも見向きもされない人間だとは思っていなかった。

 仕事にも熱意を持てず、同性の同僚とはそれなりに交流しているものの、みなそれぞれ恋人ができて忙しく、孤独を感じ始めていたころ、懐かしい顔に出会ったのだ。


 呂伸はわざわざ領主館の裏口を訪れて、程元への取次ぎを願った。

 最初、程元は呂伸と告げられても誰のことなのかすぐに思い出せなかった。

 しばらく考えて思い出したものの、「もしかして、雇われていた呂伸さん?なんで?」と取次に来ていた門番に聞き返した。「いや、俺に言われても知らねえし。断るか?」と門番に笑われた。

 「嫌な人じゃないんなら、会ってみれば。わざわざここまで来てくれたんだし」と同僚に言われて、それもそうだと承知することにしたのだ。


 それでも何か嫌な用件だったらどうしようと言う気持ちはあった。

 実家にいたとき、変な関係だったわけではない。呂伸は無口だったから、特別親しくはなれなかっただけで、決して悪い関係ではなかった。程元に好意を持ってくれているかもと考えたうちの一人ではあったし、それは程元の妄想でしかなかったけれど、この領都に来てからであった男性たちよりも程元を見てくれているのではないかと思える人物だった。

 しかし、昔の知り合いに儲け話を持ち掛けたり、騙して金を巻き上げるなどと言う手口はいろいろを聞かされている。程元も聞き及んでおり、自信も失っていたから、その心配も感じていたのだった。

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