表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/201

本音1

 話し合いの後、夏瑚は女主族の支所に手紙を出した。碧梓との面会を希望するためだ。すぐに返答があって、翌日の昼前が指定されていた。

 もう一点指定されていることがあった。顧敬の同行である。

 正直なところ、これは意外だった。夏瑚の前では碧梓と顧敬は会話をしなかった。碧梓と程元に会うために禅林に来たのだから、既に面識はあるはずなのに、特に知り合いらしき素振りはなかったのだ。夏瑚はある種の気まずさがあるのではと思っていた。


 夏瑚にも覚えがある。会ったことのない親戚に会った時、喉の奥に言葉が引っ掛かるような感覚がするのだ。笑顔は硬く顔面に張り付く。姫祥は愛想笑いなんかするからだと一蹴した。姫祥自身は、母親の親戚に対して、嫌な奴と見れば心の中でさっさと切り捨て、話も碌に聞いていなかったと言った。

 夏瑚の場合はそれほど極端な態度を取られなかったから、こちらももやもやとしながらも外面は取り繕わざるを得なかったのだ。


 顧敬と碧梓もそうだろう。祖父の娘ならば叔母にあたるが、自分よりも年下だ。一度も会ったことがないし、それまで存在自体を知らなかった。顧敬もそう言う場合にそつなく振舞える性格ではない。戸惑っているところもあり、それを隠すことも上手ではないから、相手にもそれが伝わってしまう。

 碧梓がどう考えているのかはわからないが、親しみを感じているようには見えなかった。

 ただ、同行を希望するということは、このままではいけないと思っているのかもしれない。


 夏瑚は放火も重大だが、碧梓のことを考えて行動しようと決めていた。他の面々は放火のことを優先して行動するだろうし、それでよい。実際危険なのだから、防ぐためにも動いてもらわないと困る。しかし、全員が全員それにかかりきりになる必要もないはずだ。夏瑚とそれに協力する姫祥くらい、碧梓のことを優先したって良いはずだ。

 顧敬は血縁者なので、もっと碧梓を優先すべきとも思うが、反面侯爵家の嫡子でもあるから、仕方がない。もし、碧梓や顧敬の関係が良くなってきたら、顧敬の行動も変わってくるだろう。そうなったら、夏瑚は後を顧敬に委ねようと思う。


 道中でいくつか果物を買って手土産にする。暑さや乾燥の時期に体に良いとされる大振りの瓜なら、女主族の友達とも分けて食べられるだろう。夏瑚の見たところ、女主族は飢えるほどではないものの、健康に必要な多種多様な食事を取れていない。そういうところも彼女らの健康状態にかかわっているのではないかと思う。

 支所に赴き、受付の人に姫祥が声を掛けると、すぐに奥から職員らしき女性が現われて礼をし、「申し訳ありません、碧梓が早朝に出かけてしまって不在なのです」と謝る。

 わざわざ先触れをしたのに、不在とは驚いた。「本人には了承を得ていたのですよね?」夏瑚が尋ねると、「はい、もちろんです」と答える。


 碧梓は夏瑚たちが来ることを知っていたのに、どこかへ行ってしまった。戻ってくるつもりだったのか、それとも会いたくなくて逃げてしまったのか。

 「碧梓さんのお母様にはお話を伺えますか?」碧旋が落ち着いた声音で丁寧に尋ねる。「確認してまいります。お待ちください」女性は素早く立ち去った。

 「どういうことでしょう」夏瑚が呟くと、「まだわからない」と碧旋が言い、顧敬は頭を抱えて「俺、嫌われてる?」とぶつぶつ言っていた。


 「座って待とう」と碧旋が言うので、一同は気を取り直した。程なく女性が戻ってきて、「お会いして謝罪したいと申しております」と伝えた。

 「程元さんのお体は問題ありませんか?」「体力はあまりないそうですが、特に不調ではないとのことです」「差し支えなければ程さんのご自宅まで出向きましょう」「わかりました。私も同行させていただきます」


 夏瑚たちは支所の職員に付き添われて、居住地の門を潜る。先日も同じところを通った。今日も居住地の通りには数人の女性が座り込んでいる。

 その人たちの前を視線を交わしながら進もうとしたとき、一人の女性が立ち上がった。碧旋がすでに振り返っていたが、夏瑚の後ろに移動したから、安心して一歩踏み出した。


 よろめきながら近づいてきたのは、程元だ。目元が赤くふやけているように見える。足取りがあぶなかっしいので、夏瑚は急いで手を差し伸べた。

 そっと握った手は細くてかさついていた。少し熱いようにも思う。「熱があるのではないですか?無理をさせてしまいましたね」夏瑚が言う。

 程元は頭を振った。「いいえ、いいえ。申し訳ありません」程元は謝罪の言葉を繰り返す。


 彼女の体が重く感じられて、夏瑚は肩越しに碧旋を見る。碧旋は顧敬に目配せし、顧敬は一瞬ためらったものの、程元に近づいた。「大丈夫か?」

 「侯子」程元は夏瑚の手を離し、地面に這いつくばってしまった。「申し訳ありません」何度も繰り返す。「謝ることなどないのに」夏瑚が思わず呟くと、碧旋が「あるんだろう。気が済むまで謝らせてやった方が良い」と囁き返し、困った表情で固まる職員の女性に、支所の個室を借りられないかを尋ねた。

 顧敬に助け起こされた程元はまだ謝罪の言葉を口にしている。夏瑚たちは足早に職員の後を追って個室へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ