火の玉9
程元と呂伸の本当の関係はよくわからない。雇い主の娘と小作人という関係だと思っている者が多かったが、勘繰る者も少数ながら存在した。
「だって、程元が領都に行ったら、姿を消したんだよ。きっと後を追って領都に行ったに決まってる」
呂伸は程元が領都に奉公に行った後、程なく仕事を止めた。かなり引き留められたが、翻意することなくこの村から出て行ってしまった。誰にも行き先を告げずに。
「この呂伸、どうやら『火花』の使い手だったようです。特に隠してはいなかったようだし、特に強いわけでもなかったようで、何人もそれを知っていました」
「犯人が呂伸だと?」昇陽王子は唸る。「可能性はありますね。程元の周囲で初めて明らかになった『火花』の者だ。調べる価値はある」乗月王子が言う。
「引き続き、呂伸を調べさせます」と顧敬が引き受けた。
呂伸を調べることには賛成するが、それだけでは不十分だ。程元との関係は十年以上前の話だし、『火花』の主だと言うだけで容疑者としては弱い。
「犯人は複数だと思いますか?それとも単独犯?」夏瑚は犯人像を頭の中で探る。「単独だとすれば、ずいぶん忙しいな。放火されている範囲はかなり広い。毎日ではないからもちろん単独でも可能だが、禅林に滞在していて、花街にも出掛けず一か月以上も滞在する者は目立つだろう」碧旋が答える。
禅林で長期的に滞在するのは、女主族と本当に子作りを望んでいる者だ。花街で遊ぶだけなら、精々一週間程度だろう。本当に金持ちで身分がある者は王都で遊ぶ。そちらのほうが色んな趣向を凝らした遊びがあるからだ。
禅林の宿に長期滞在する者は珍しくないが、それは女主族と見合い中の者だ。見合い中の者は公表されるので、そうでない者なのに、長期で滞在しているのは特殊な事情がある者に限られる。
「単独か集団かはわからないから、両方の想定をして調査するしかないでしょうね」盛墨が呟く。「軍籍を調べられればな」盛容が唸る。だが、どこの領地も現在はもちろん、過去の軍籍も公開するのは拒否するだろう。現時点では他の有力な手掛かりもないから、どこの軍に所属していたかと言う見当さえついていない。交渉するにしても材料がなさ過ぎる。
「もし集団だとすれば、禅林ではないな」もともと治安には不安を抱える街なので、武力集団はそもそも禅林には入れない。数名ずつの商人の一団くらいが妥当な扮装だろう。しかし、商人ならば、適当な商談を終えればこのような金のかかる町には長居しない。
この町自体は人の出入りが激しいので、食料など必需品は近隣の集落から仕入れている。この町自体には自分たちの使う分程度以上に生産している産物はないのだ。
この町自体に商談に来ると言うより、途中で寄る程度の商会しかいないのが現状だ。当然滞在は短期的になる。
「周辺の集落はどこも小規模だから、大した宿もないだろう」盛容はこの辺りの事情もある程度把握している。小さな観光地でもない集落には宿さえない。集団どころか、単独でも長期的に滞在することは目立つだろう。
「その辺りは一応調べるとして、周辺で野営していることも考えて捜索する必要なありますね」扶奏が何かを書きつけながら言う。「野営地はある程度限定できる。ここらは乾燥しているから、水場で範囲は絞れる」「単独では野営しながら放火は難しいのでは?」「距離にもよるが無理だろうな、放火の箇所からすると」
放火の箇所は女主族の居住地の周囲に散らばっている。劉慎が入手した地図を皆の前に広げ、盛墨が早速地図に張り付いて距離を測り始めた。
動かせる人数をはじき出し、まず顧家、盛家から借りた人員を周辺の集落、禅林と女主族から借りた人員を集落に振り分けた。
「禅林の街中も捜索する必要があるが、これは禅林と女主族に任せるか?」「別の視点があったほうがいいだろう。護衛を数人割くか」
「ちょっといいか」碧旋が夏瑚の傍に寄ってきて、声を掛けてくる。「碧梓にも話を聞いたほうがいい。それにはあんたが適任だと思う」夏瑚が思わず顔をしかめると「尋問しろと言っているわけじゃない。この中では一番馬が合っているようだったから、負担が少ないと思う。放火とは直接関係はないかもしれないが、碧梓のことは気になっているんだろ?」「そっちは?」碧旋はちょっと肩を竦める。碧旋はなんだかんだ言っても顧敬のために手を貸してやりたいのだろう。
両王子と盛墨は宿で待機、扶奏も控えるが、連絡係として動くことにもなる。盛容と顧敬は護衛と禅林の捜索、碧旋と夏瑚たちが碧梓のもとへ行くことになった。
姫祥は宿にいたほうが護衛として碧旋の負担が減るのではと言われたが、「連れていく」と碧旋が押し切る。理由を一切言わないのは碧旋らしい。
だが碧旋が何を考えているのか、ちょっと引っかかる。やはり放火と碧梓、程元との関係を疑っているのだろう。昇陽王子も何かしらの手掛かりを碧梓が握っていると思っているのではないか。
この面々で、結構頭が回り、戦闘もこなせる碧旋は一番気になるところへ投入したい戦力のような気がする。それを碧梓のところへ向かわせるということは、碧旋自身の希望なのか、それとも昇陽王子の目論見なのだろうか。




