火の玉8
程元本人はもう十年以上故郷に戻っていないので、それほど収穫はなさそうに思えた。
そこで部下は、程元の親族について尋ねた。「もしかして、その女性に似た方がいません?血がつながっているのなら、似てても不思議じゃないですし」と。僕の思い人ももしかして、などと付け加えたりして。
あれやこれやと名前が挙がり、女性だけでなく、話が脱線して男性についてもいろいろ話が出てくる。
程元の実家は故郷では名家なので、親類は多い。
故郷では有名な父親、これも美人と言われた母親、ちょっと強引だと評される程元の兄。隣の集落の長に嫁いだ叔母は子だくさんで珍しくも四人の子持ちで、三人目からは出産する母親の命が危険と言われるのに四人も産んだ豪胆さと幸運にあやかりたい女性や家族には神のように崇められているとか。
「この辺じゃ有名な家だからなあ、あちこちに親戚はいるよ。遠縁でも、その縁を辿って働きに来る者もいる」
程家は大きな農家だから、人出はいくらあってもいい。地方の集落は周囲をまだ手入れされていない土地に囲まれていて、そこを開拓することは推奨されており、無条件ではないが、開拓地は手を入れた本人の農地として登録されることになる。だから小作人を雇う余裕のある家は、たとえ流れ者であろうとも喜んで労働者を雇う。
そもそもが子供の少ない国だ。若い労働者はどこでも需要がある。
そんなふうに話題がそれ、部下が「じゃあ、僕もここいらで雇ってもらいますかね。その程さんの家は、美女が多そうだし」「程家だけじゃないさ、ここいらはいい女の宝庫だよ!但し、かなり年をくっていて、既婚だけどね!」「往年の美女に乾杯!」などと調子よく盛り上げる。
そうやって程家の周囲の人間にも話は及ぶ。あちこちに話題は飛ぶし、年代も無茶苦茶に話されるので、同じ人物が四人くらいの別人に思えたりする。
部下は集落に泊まり込んだ数日、毎晩それを繰り返し、怪しく思われる前に名残惜しそうに宿屋の主人夫婦に手を振って、乗合馬車の中で情報を精査した。
どういう人物を探す必要があるのか、はっきりとはしていなかったから、まずどの情報が誰のものなのか、次いでその人物は今現在どうしているかをまとめた。
顧敬は部下の情報をまず碧旋に話した。入学してからすぐに実家に帰っていた顧敬はまだ両王子を始めとする班員との馴染みが薄い。碧旋とは衝突したものの、それは自分が変に意識して突っかかっていただけだと今はわかっている。苛立っていた自分に対して辛辣な時もあったが、概ね寛大だった碧旋に幾分か親近感を持ったのか。
碧旋は他の者にも聞かせろと、王子たちの前へ顧敬を引っ張って行った。
「結局、問題は何だ?」劉慎が呟く。
「放火だろう。あれは間違いなく、軍人の仕業だ。どこの軍か、突き止めないと」盛容が鼻息荒く言う。「軍ではないだろう。落ち着け。戦争があるわけではないぞ」昇陽王子が渋い顔で窘める。
「そもそも碧梓が困っていたのは、お母様の様子がおかしいからでしょう。自分の婚姻話もあったにせよ、それよりもお母様がふさぎ込んでいらっしゃるから、理由を知って元気になってもらいたいのです」
夏瑚が言うと、「その原因が放火か、婚姻話か、ということか」「病気かもしれません」
確かに女性は男性に比べ体力がなく、病気になりやすい。ただ、寿命そのものは出産で落命しなければ長いようだ。あちこちに不調を抱えながら養生しつつ長生きする女性と、いつでも絶好調なのに、突然ばったり倒れて若くして亡くなることもあるのが男性と言う印象がある。
「女主族の人々は具合の悪い人も多いようですし、程さんも若くはないですから」
「夏瑚は碧梓の悩みを解決したいんだったら、その点から相談にのってやれ。だが、それとは別に放火犯が存在することは事実だし、応族長がそれに対して助力を願ったのも事実だ。族長はこれを一種の襲撃だと判断している」
碧旋の言葉に昇陽王子は頷く。「程元の不調の原因が何かは今のところ判明していない。だが、顧敬の情報によれば、放火犯は程元の知り合いだと言う可能性もあると」
顧敬の部下が探り出したところによると、程家の小作人の一人に以前、呂伸と言う若者がいた。彼は成人してから小作人の応募に応じてやって来たのだそうだ。家は貧しく、親は二人とももう亡くなって、成人するまでの間親戚の家に住まわせてもらっていたらしいが、その家では労働力は足りているということで出てきたと言うことだった。その話が本当かどうかはあまり重要ではなかったので、その当時は特に調べたりもしていない。若い労働力は歓迎されるので、重罪犯でもなければ受け入れることが多い。
呂伸は無口だったが、言われたことには素直に従い、ちゃんと働いてくれた。程家の別棟の部屋に住みこんでいて、部屋で騒いだり必要以上に汚したりということもなく、これはいい若者が来たと程家は喜んでいたそうだ。
呂伸が働いて一年ほど経った頃、程元が領都へ出ることになった。
二人が故郷にいた頃、どのような関係だったのかは、誰も知らない。呂伸はとにかく無口だったので、一方的に程元が話しかけたりしていたと聞く。程元はだれかれ構わず話しかける性格ではなく、呂伸に対して少なくとも警戒心を持ってはいなかったからそういう態度だったのだろうと言う。ただ、若い小作人は大事にして、長く働いてほしいという家の方針に従っていると周囲には思われていた。
 




