火の玉7
「そうですね、そのほうがよいでしょう」昇陽王子に向かって乗月王子も頷く。
応族長が依頼すれば、ことは女主族と盛家、顧家との間の話になり、女主族の借りとなる。しかし王子から依頼すれば、王家からの依頼となり、さらに自治省の追認があれば、公式に国家の案件となり、女主族の借りではなくなる。盛家、顧家にとっては国家への献身となり、半ば義務となる。そのような形で両家は国家への忠誠を示し、女主族は国家への忠誠を捧げることになるだろう。
宿について、王子たちがひとまず部屋へ戻り、夏瑚たちも割り当てられた部屋へ向かった。
途中まで碧旋も一緒だったが、顧敬が追いかけてきて碧旋を呼び止めた。「話がある」
「なんだ?」廊下の壁際に寄って、碧旋は顧敬に向き直った。
「ええと、碧梓の母親の故郷に人をやったんだけど」俯きがちに声を潜めて話す。
顧敬は自分の部下、遠縁の幼馴染の側近に調査を依頼した。顧敬にとっては隠し事をせずに接することができる部下は彼くらいしかいない。
一応部下も顧家の末席に連なるので、碧梓の事情はある程度知っている。これ以上何かを知ってもそれを漏らすことはないと信じられる。顧家の名誉にもかかわるからだ。
孔州の小さな村が程元の故郷だ。農村としては豊かな方で、孔州の第二の都市である何晏の近郊に位置している。何晏の食糧供給を引き受けていることから、都市との流通も活発だ。
程元の実家は農家で村長ではないが、村の中でも広い土地を持ち、小作人も雇って様々な作物を生産している。
実家には程元の両親と弟家族が住んでいた。彼らは程元が顧家の城の中で暮らしていると思っていた。先代の妾になったのは、喜ばしいこととまでは言わないものの、高位貴族と繋がりを誇らしく思っているようだった。
程元が故郷に里帰りしないのは、子供が貴族として暮らしていくためには、田舎の平民の生活は知らない方が良いと思われているからだろうと考えているらしい。
「そうは言っても全く里帰りをしないというのも不自然だ」と噂しているところに遭遇もしている。
村には宿屋と酒場を兼ねている店があり、部下はそこに泊まっていた。夕食は酒を飲みながら酒場でとっていたら、酔客の会話を盗み聞くことができた。
村には他に雑貨屋と食料品店などの店が数軒あった。部下は領都であった一目ぼれした女性を探しているという身の上話をでっちあげて、あちこちで吹聴した。部下は顧敬と血の繋がりがあるだけあって、顧敬に似ている。顧敬自身は結構人見知りで照れ屋のところがあるので、周囲の反応を理解していないが、若者が一生懸命自分の思いを説明する様子は、大人を微笑ませるものがある。
部下の方は顧敬とは違って側近として仕込まれており、顧敬の不足を自分が補うという意識があり、その分腹芸もできるほうである。
部下はもう成人しているが、顧敬の仕草や表情を真似ると年上の人間に受けるため、今回のような仕事には向いている。
部下は自分の思い人の特徴を程元からとって説明をした。程元は先代侯爵に見初められるだけあって、なかなかの美人である。華奢で所謂「守ってあげたくなる」雰囲気の持ち主で、当然、故郷でもかなり有名だった。
しかし、それは10年以上前の話だ。
「そういう人はこの辺りにはいないねえ」「程さんとこの娘さんはもっと年上だろうしねえ」
部下が無邪気を装って程さんについて知りたがると、みなぺらぺらと喋る。「領都にいらっしゃるはずだよね」「そうだな、帰って来たとは聞かねぇな」
恐らく部下の思い人ではなく、本人も故郷にはいないことから、人々の口は軽い。
程元は15年前に、領主のもとに奉公に出た。労働力と言うよりも、一種の行儀見習いも兼ねた奉公である。それは男も女も選ばれることがある。条件としては、領地の各集落から、大抵はその集落の名家の者が集められる。集落とのつながりを保ち、人材を広く集めることにつながる。
集められるのは多くは成人したばかりの若者たちで、希望に沿って配属される。自分の希望の職業に必要な技術を身に着けたい者もいれば、領主やその周囲の人との顔つなぎをしたい者もいる。
程元はおそらく父親の意向で、領都にいる権力者との繋がりを持てればよいと送り出されたようだ。この奉公は見合いの意味合いを帯びている。
だから先代侯爵に見初められたことは、複雑なものがなかったとは言わないが、むしろ出来過ぎだったのだろう。正妻になれないのも、なってしまった時の苦労を考えると仕方がないとしか言えない。たとえ不満があっても漏らすこともできなかっただろう。
程元が故郷に戻ってこないのは、特に不自然だとは思われていないようだった。領都のほうが豊かだからだ。「領主様のご家族になったんだから、きっと裕福に暮らしてるんだろうなあ。こんな辺鄙なところに用はないわな」きっと家族が会いに行っているんだろうと思われているようだった。
多くの人に話を聞いたが、程元は故郷に戻ったことはないようだ。当然、碧梓のことも知られていない。
「じゃあ、大して得るものはなかったんだな」と顧敬が言うと、部下は首を振った。




