火の玉5
当初はただの付け火だと思われていた。それだけならば、それほど珍しいことではない。境界の木々を切り倒そうとしたり、焼き払おうとしたりと事件は過去にもあった。
ただ、実際に侵入しようとして付け火をするには、それなりに炎上させる必要がある。木を切り倒すにしても、一本二本では足りない。一本切り倒すにもそれなりの時間がかかる。それで兵士たちに見つかって捕らえられている。
その付け火は焼き払うという規模ではなく、生木に火をかけて、すぐに去って行ったらしく、せいぜい枝を一本燃やす程度のものが多かった。数枚の葉があぶられて縮んだものもあちこちで見つかった。意識していなければ、見逃していただろう。
かなりの数の付け火の痕跡が見つかり、それで禅林でのぼや騒ぎについても精査し直すことになった。ただの事故だとわかるもの、女主族とは関係なさそうなものを除いても、この二か月ほどで増えているのがわかった。
当然禅林の代官所では、まだ気づいていなかった。女主族のほうから、その旨連絡はしたが、特に反応はないと言う。「まあ、女主族にちょっかいをかける愚か者がまた現れた、程度に考えているのでしょう」族長は苦々しげに言った。
禅林は揉め事の多い街だ。女主族然り、花街然り。対応していかなければならないが、すべてに全力で対応していたら、業務が回らないだろう。需要度が低いと思われる事件を切り捨てるのも一つの手なのだ。
「しかし、一つ一つの火は小さなものだな。数は多いし、それだけ日数をかけてもいる。だが、大して被害も出ていない。人死にでも出なければ動かないということか」
「それでもこれだけの期間、毎日のように火を付け続けるのは、相当な執念だぞ。一体どんな人間が犯行に及んでいるのか」
族長が語ったところによると、油を使った形跡もあると言う。使っていない跡もあったが、油を撒いた跡も見つかっている。恐らくはじめは油を使っていなかったが、あまりに火の付きが悪いので、使うようになったのではないかということだ。
「それで油を大量に買い付けた者がいないか、調べさせたのだが、目立つ者は見つからなかった。実際それほど大量には使われていない」
「それって…」
大きな火を熾すには、油を大量に撒けばよい。何日も火を付け続ければ、見つかってしまう危険性も高くなる。森の木を燃やして女主族の居住地に侵入したいのであれば、相当な面積を焼き払う必要があるだろう。邪魔な木々をなくすのではなく、炎上して支所が手薄になるのを狙うと言うのも考えられるが、少なくとも騒ぎになる程度の火は必要だ。
「先日の荷台に仕込んだ火は、小さくても騒ぎを起こすのには十分だったな」「支所が手薄になると言うほどではなかった」「いや、あれは碧旋が素早かったからだろ。下手したら、もっと大騒ぎになっていたぞ」
同一犯だとすると、期間もさることながら油を使ってみたり、容器を使って一定期間燃え続けるように細工したり、試行錯誤している点でも、執念深さを感じる。
その執念のもとは、なんだろう?
「同一人物じゃない」碧旋の声は硬く、夏瑚の注意を引いた。「何が言いたい?」聞きとがめて昇陽王子が聞き返す。
「他にも揉めている者はおりますが、火を使ってしつこく繰り返しているのは一人でしょう。それとも交代で火をかけているとお考えで?」応族長が不思議そうに口を挟む。
女主族の調査だと2~3日おきに火を付けて回っていること、その場所が女主族に関する場所と言う点で、共通点がはっきりしていることから、同一人物の仕業だと判断していると言う。
「しかし、徒党を組んで押し掛けてきた者も過去にはおります。大勢で一度に襲撃してきた者たちもいれば、連携して襲撃してきたこともある。確かに、様々な場所に出現するにも、人が変わっていれば発見されづらいでしょうし、一人ではない可能性はある」
「今日の火だ」碧旋が言いたいことは盛容もわかっているようだ。「他はわからんが、あれは油や何かを使った火じゃないってことだ」
「そう言えばそうだったな」昇陽王子が思い出したように膝を打つ。「確かにそうだ。他の火は知らんが、油を使うのとは決定的に違う」
そう言えば、あれは兵士の使う火だと言っていた。『六感』で作りだした火だと。
族長に聞かれ、昇陽王子が説明をしている。「女主族にはそのような兵士はいないが、話には聞いたことがある。「火花」ならば、見たことはあるが」「『六感』の火は様々な形をしているが、通常の火は丸い形になることはない」
「「火花」の使い手だとしても、普通の火は付けられるはず」劉慎が控えめに言う。それは確かに言える。「火花」は無制限に仕えるわけではないらしいし、普通の火も使ったかもしれない。
別人かどうかはそれだけでははっきりしないが、「火花」が使える者ならば、油を使うのは不自然らしい。調理などの際に「火花」を使うのも、通常のやり方よりも燃えやすいと言われているからだ。生木であっても油など使わずに火がつく可能性が高いと言う。
「逆にそこまで燃やしたくなかったのかもしれませんね」盛墨が呟く。言われてみれば、代官所で女主族への申請書類に火を付けた一件など、どうもぼやで済ませたかったのかもしれないと思われる節がある。女主族が狙いであるならば、直接関係のない代官所を燃やすのではなく、女主族への申請書が燃やされたことがわかる方が目的に適うからだ。




