火の玉2
夏瑚が知っている「火花」は、薪に火をつける際に見たことがある程度で、それよりも大きな火を出せるものがいると言う噂を聞いたことがあるくらいだ。
軍は、「火花」は訓練次第で威力を高めることができることを知っている。
「火花」だけで兵士になる者はいない。しかし一般的な試験や面談を突破して入団してきた兵士が「火花」を持っていた場合、訓練を義務付けられる。
空中を飛んで支所の屋根に着火した火の玉は、訓練を経て成長した「火花」だ。それを目撃したことのある面々にはそれがわかった。
つまり、これは、軍人による攻撃なのだと。
軍隊とは言わない。軍隊と言うほどの数は、この街並で隠せるものではないだろう。しかし、隊ということはあり得る。
正式な軍組織が禅林に攻め込むとは思えない。偉華では内乱は歴史上起こったことがない。また、そのような兆候も囁かれたことはない。
第一、禅林を攻めたところで、どうすると言うのか。禅林には軍隊は駐在していないので、あっという間に占拠できるだろう。しかし、禅林の領主のみならず、他の近隣の領主も黙ってはいないだろうし、なにより王家がそれを許すはずはない。
当然王家から討伐されることになるだろう。禅林を攻めた者が誰であろうが、どんな動機であろうが許されることはない。だからこそ、禅林を占領することはないはずだ。
ただ、禅林を滅ぼしたい、被害を与えたいと言うだけならば、攻撃することはあり得る。むしろ簡単かもしれない。警備兵くらいしか抵抗できる者はいないからだ。事前にばれることなく、逃げ道を確保しておけば、罰からも逃れることができる。
軍人の攻撃であるとしても、既存の軍ではない。元軍人と言うところだろうか。
どちらにせよ、それである程度の素性は終えるはずだ。軍人の中でも「火花」を持つ者はそれほど多くはない。それでも一度軍に身を置いた以上、必ず記録は残っている。
昇陽王子は碧旋を見る。「碧旋、支所に」
「兄上、碧旋を危険にさらすのはお止めください」乗月王子が慌てて止めに入る。碧旋はかなり戦い慣れているので、そうそう遅れはとらないはずだが、元軍人となると、相手もかなりの手練れだと考えられる。もしそれなりの人数の集団だった場合、碧旋一人では危険だ。
しかし、今いる護衛は、一介の役人に扮するためにも人数を絞っている。それに護衛が一番に守るのは王子二人である。
従者の数も絞っているので、このように危険性がある局面では、伝令を出すのも難しい。護衛を走らせていたのだが、貴重な戦力を手離すことになるので、躊躇われるところだ。
でもこのような局面で情報を得られないのは苦しい。それに護衛たち以外に禅林で戦力があるとすれば、代官所と女主族の支所、自衛団の事務所くらいだ。
「先行する。けど、追って来い」碧旋は言い捨てて、駆け出した。
乗月王子が止めようと叫ぶが、碧旋はあっという間に街並みへ消えていく。
「行きましょう。情報も必要ですし、ばらばらにならないほうがいいです」夏瑚が思わず言った。
「そうだな。行くぞ」昇陽王子が頷き、一行は足早に移動を始めた。
一行はそれなりに禅林の街並を頭に入れていた。ある程度の区画整理が行われた市街地だったので、複雑な路地などはなく、覚えやすかったのだ。
人出も少なくはないが、掻き分けると言うほどではないし、あまり慌てると周囲に不穏な雰囲気を醸成してしまいそうだったので、急ぎつつも平静を装う。
人々はざわついてはいた。ここに火事の知らせでも飛び込んできたら、一気に混乱しかねない。
幸い、人の流れは再び流れ出した。
「炎上はしていないのか?」盛容が呟いた。足早に歩くだけでも夏瑚は息が切れ始めてきている。盛容は全く平気そうだ。流石の体力ということだろうか。
「見えてきた」その声に、顔を上げて支所の建物を見る。
まず目に入ってきたのは、支所のを取り囲んだ人の輪だ。同じくすんだ緑色の服を着た人たちが重そうな袋を投げ渡している。
「砂だ」
「消えたぞ!」支所の屋根に上っていた一人が大声を出した。周囲の人たちは歓声でそれに答える。
人々の輪の中から、族長が現われて、数人に押し上げられて屋根に上った。族長は着火した箇所を検分しているようだ。「消えていると見えるが、念のため、水を!」族長が下の人たちに命じると、すぐに桶が運ばれてきた。
「大丈夫そうですね」盛墨が胸をなでおろす仕草をした。
「対応が早いな」昇陽王子が呟く。「碧旋はどこに?」乗月王子が周囲を見回していると、緑の服の一団の中から碧旋が現われて、こちらに向かって歩いてきた。
「ここに到着した時には既に消火活動は始まっていたよ」碧旋は言い、「警戒していたんだろうな。あの服装の一団は女主族の自警団らしい」「じゃ、全員女か」盛容は驚いたようだった。
確かに自警団らしく、皆動作がきびきびしていて、訓練を積んだ様子がうかがえた。しかし女だと思ってみると、確かに小柄な人が多いようだ。
「なぜ警戒していたんだ?」「先日の火付け騒ぎもあったからな」昇陽王子はそう言いつつ、何か考えている。
 




