表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/199

聖母ともう一人の養子3

 「夏瑚殿は楽しそうに踊るな」碧旋が真面目な顔で言うので、夏瑚は少し恥ずかしくなった。「まず、表情がにこやかだ。それに私に比べて手振りが綺麗だ。指先が揃っている。あと、拍子に動きがきちんと合っていて、見ていてこういうことかと感心した」碧旋は夏瑚の良い点を指折り数えてみせた。

 「真似できるところは真似させてもらってもいいだろうか」「もちろん。わざわざ断らなくても、習うってそういうことだし」「講師の真似はできるが、対価を得ていない人の真似はどうかと思ってな」

 対価、と口にした碧旋は、やはり貴族の出ではないのだろう。その考えは商人のように思えた。


 授業を終えると、乗月王子が顧敬と扶奏を従えて歩み寄ってきた。

 「お疲れ様だったね。二人ともなかなか見ごたえがあった」「夏瑚殿のことでしょう。私のは踊りになっていない」碧旋はあっさりと言う。

 「確かに夏瑚殿は良かった」乗月王子は微笑んだ。

 「殿下、そろそろ時間です」扶奏が静かに促すと、乗月王子は「次の授業だな。では失礼しよう。顧侯子はどうする?」

 顧敬は乗月王子を見て、碧旋を見た。王子は薄い笑いを貼り付けたまま、無言でいる。華やかで綺麗な人だが、今は少し怖い気がする。

 「殿下、お気遣いなく」碧旋が顧敬と王子の間に進み出た。

 王子が溜息をついた。扶奏が横から、「殿下、夏瑚殿に立ち合っていただくのはいかがでしょう。もし、ご都合がよろしければ」と勝手なことを言い出した。

 姫祥は内心舌打ちをしたが、夏瑚には次の授業の予定はない。舞踏の授業は結構体力が要るし、汗もかく。必須の授業は選択になかったので、空き時間にしてあった。

 姫祥の内心を知ってか知らずか、「いいですよ」あっけらかんと夏瑚が承知してしまった。思わず後ろから蹴りたくなった。

 「ありがとう存じます。これで殿下に心置きなく勉学に邁進していただけます」扶奏は王子の忠実な臣下らしい。


 顧敬は黙ったまま、夏瑚に先導され、中庭の東屋に足を運んだ。

 胸のうちはもやもやしている。碧旋の姿を見て、安堵したのは本当だ。だが、それだけではない。じりじりとした焦げるような感情もある。思い切り、怒鳴りつけることを想像することもある。

 それでも、衝動的に行動するつもりはない。碧旋に出会ってから、常識的だと思っていた行動はすべて裏目に出た気がする。自分の常識は貴族の常識であり、碧旋には通用しないのかもしれない。ただ、今までは平民は貴族に従うものなので、貴族である自分の判断が優先されてきたのだろう。

 そもそもなぜ碧旋は我が家に養子に来たのだろう?顧敬はその経緯を知らない。父親からは特に説明はなかったし、あまり興味はなかった。自分がこの一件で何をなすべきか、そればかり考えていた。そう、碧旋を自分たちの役立つ駒に、仕立て上げることばかり考えていた。

 入試に合格するほど優秀なのに、自分の指示にはやる気を見せず、のらりくらりと躱すことにも苛立っていた。不合格だった自分の指示には従えないのか、とも考えた。


 「心配させて悪かった」碧旋は顧敬に向かって頭を下げた。「王子に言われたよ。きちんと話をしろと。どんなことがあったにせよ、黙って居なくなるな、とね。まあ、いなくなったわけではなかったんだけど。探し回っていたんだって?」

 顧敬はしばらく口をはくはくと開け閉めしていた。「いなくなっていない?学園の敷地中を探したのだぞ。外に出たのではないのか?」「出てはいない。無断外出は禁止だろ」碧旋は頭を掻いた。「うまい場所を見つけたんだ。でも、きっと探すだろうなとは思っていた。腹いせだ。すまない。弓弦を取られたのが悔しくて」

 顧敬も碧旋も侍女を連れていない。顧敬は従者が一人ついているけれど、お茶の支度はしないだろう。夏瑚は姫祥を振り返った。

 姫祥は一つ頷くと、足早に厨房へ向かった。


 しばらく沈黙が続き、夏瑚が何かしゃべろうかと考えたとき、ようやく顧敬が口を開いた。「私が弓弦を取り上げたのも一種の腹いせだろう。その時は、わからなかったが」「俺が言うなりにならないからか」「そう、だと思う、たぶん」

 「なぜそんなに従わせたがるんだ?」碧旋は心底不思議そうだった。

 「お前が学園に入学するのに、なぜ我が侯爵家が手を貸したと思うんだ?」顧敬の苦々しい声に、碧旋は首を傾げた。「俺の実父に伝手だと聞いている。そこから認識が違うんだな」

 「平民が侯爵家の養子になるのに、侯爵家に何の利益ももたらさないなど、有り得ない。だからお前には役に立ってもらわなければならないのだ」

 顧敬の頑なな表情に、夏瑚はようやく戻ってきた姫祥の目配せを受け、席から立った。姫祥は既に適温になった茶碗を湯から取り出して、手早く拭き、夏瑚に手渡した。夏瑚は湯沸かしから茶を注ぎ、顧敬の前に差し出した。

 「かたじけない」初めて夏瑚の存在に気づいたように、顧敬は表情を改めて茶碗を受け取った。碧旋にも茶を渡し、自分の分も淹れると、席に着き、味見をするように一口飲んだ。「私も父に、同じようなことを言われました」と夏瑚は呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ