表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/202

女主族の病5

 夏瑚の症状が月のものだとすれば、今後が不安ではあるが伝染はしないから、昇陽王子たちが案じているような災いにはならない。

 「私の症状は、何が原因でしょうか?」夏瑚は店主に聞いてみた。「わからんね」とあっさり答える老女。

「症状の原因は単純ではないことが多いよ。まず本人の体質。それから環境。それもその時々で体質も環境も変化するしね。幾つかの要因が絡む場合もあるようだ。ただ、私らの体には、病気に対抗する力もある。私の薬は、症状を和らげて、体が戦えるようにするためにあるんだよ」


 彼女の話は納得はできるが、すっきりはしない。

 「でも、経験からなんとなく推測はするよ。たぶん、お前様の症状は、女の病、だよ」店主は肩を竦めて言う。

 「それはどんな病気なんですか?」「病気とは言い難いがね。主に月のものに伴う症状や、妊娠、出産にまつわる症状、月のものが無くなる過程で生じる症状を全部まとめて、女の病、というのさ」

 「ずいぶん、乱暴にまとめますね」思わずと言った様子で姫祥が呟く。


 「それが医者たちの分類なのさ」店主の声は苦々しい。「命にはかかわらないものは、あまり研究熱心ではないからな。無理もないが。それに医者は男が多いから、興味が向かないのだろうね」

 女の医者がいないわけではない。医者になるのは、主に、そういう家に生まれるからだ。宮廷や貴族、軍などに代々仕える医者の家系がいくつもある。幼い頃から医者の知識を学び、気質を見定められて、医者や、医療に携わる職に就くことになる。

 そういう家に弟子入りするという形で、医者になりたい子供が修行して医者になる場合もある。ここ禅林でもそうだった。


 医者になるにはかなり長いこと勉強や修行をしなければならない。力仕事も多く、場合によっては深夜早朝でも治療に当たらなければならない。

 仕事をするよりも子供を産むことを第一に求められがちな女が医者になることは、本人の強い意志と努力が必要になる。周囲の理解も不可欠だ。子供のうちに医者を目指せばまず男になってしまう。出産を終えた女性が稀に医学を学ぶ場合があると聞くが、本当に少ないのだろう。夏瑚は会ったことはない。


 医者は研究をする者と、研究よりも患者の治療に専念する者がいる。研究の題材は、やはり治療の経験から見つけることが多く、命にかかわるような病気が研究対象になりやすい。

 また女性でない医者は、女性特有の症状の辛さは実感として理解しがたい。命に係わるわけでもないので後回しにされる。

 そういう疾患について興味も知識もない医者が多いので、ほとんどの女性が医者にかかるのではなく、薬屋に頼る。


 禅林は女性の人口が多い。女主族もいれば、花街の住人は女が多く、しかも病気や怪我をしやすい境遇にいる。だから禅林の医師は女性の病気に詳しいと店主は言う。「それでもやっぱり深刻な病状でないものは、意識されてないね。まあ、忙しい人だから」と店主は弱弱しく笑って首を振る。

 「私も医師ではないからね。ちゃんとした診断はできないし。それでも薬のことはわかっているから、どういう症状に何が効く可能性があるか、考えて、誠実に商売しているのさ」


 「私の父も商人ですわ。商人は、誠実さが一番の売り物ですものね」夏瑚は共感を込めて微笑む。

 「そうさ、だから、お前様に売った薬は本物だよ。お前様自身には一定の効果はあるはずだ。でも、他の影響がないとは言えない。そういうのは環境や体質にもよるから、自分でも体調をよくよく確認して、不具合が大きければ、量を減らすなり、止めるなりしなきゃならない。そういう場合は、うちへ来てもいいし、医者の所へ行ってもいい。その時は、薬も持っていくようにね」


 「わかりました」どうやらこの店主は、結構親身になって薬を売るようだ。医者には相談できない女性たちがここへやってくるのがよくわかる。

 老女は夏瑚にはかなり大きな薬の包みを渡し、姫祥には小さな包みを渡した。姫祥の方は症状が軽く、一時的な体調の変化に過ぎないだろうと言う。

 「女主族の子供がよく罹るんだよ。お前様も未成年で、まだ、未分化だろう?」


 「未分化?」姫祥は耳慣れない言葉に、問い返す。「一応医学用語か」店主は独り言のように呟いた。

「まだ男にも女にもなっていない状態のことだよ」

 「未成年、成人前というように言いますわね」「まあそれが多いだろうね。でも、お前様のように、稀だけれど、一般的に年齢が若いにもかかわらず、生まれながらに女性化している者もいるだろう?成人っていうのは、年齢として、大人になるという意味合いもあるからね」


 「女主族の子供がよく罹るとおっしゃいましたが」夏瑚は控えめに言った。控えめだったのは、内心の動揺を抑えるためだ。女主族のことはわかっていないことが多い。よく言われているのは女性のことばかりで、つまり成人の女性のことがほとんどだ。

 女主族の子供は、かなりの数が存在すると言われている。子作りと女主族としても推進していて、支所の主な役割の一つでもある。女主族の女性は、ほとんどの場合、自分で子供を育てる。たまに、男性側が引き取ることを主張して、それが認められる場合もあるようだ。

 そういう女主族が出産した子供たちは、一般に偉華の他の地域で生まれた子供たちと、特に変わらないという。ごくごく普通に、未分化で、将来男性化することもあれば、女性化することもあるという話だ。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ