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前触れ7

 「伝染病であれば、他にも患者がいるはず」碧旋が言うと、「そうですな。私のところにはまだそのような…」とはきはきと答えていた医師が、途中で言葉を切って考え込んだ。

 「心当たりが?」昇陽王子が医師の様子を見咎めて聞く。

 「伝染病とは違いますが」医師は昇陽王子を見据えて、「女主族の人たちが時折罹る病に似ているような。症状にも個人差があるので一概には言えませんが」断言はしないものの、それほど時間をかけず思い当たったからには、通ずるところがあるのだろう。


 「我々は女主族の居住地に行ったのだが」と昇陽王子が説明する。「なんと」

 昇陽王子が医師に問われるまま、訪れた時刻、滞在時間、その間の行動、全員が離れずにいたことを伝える。

 「今まで、女主族以外の人間が発症することがなかったので、風土病だと考えていました」と医師。

 彼によると、見習い医師の頃から、ぽつぽつとそういう女主族の患者はいたらしい。

 症状は、倦怠感、発熱、のぼせなどで、身体的症状もあるが、精神的に動揺することが多いと言う。


 「しかし、一時的な不調であることが多く、命にかかわるような病ではありません」一月に数人、そのような症状の女主族の患者を診察することがあると言う。症状を聞いて、それに対処する薬を処方しているそうだ。

 乗月王子たちも安静にして、処方薬を飲むように指示して、医師は帰って行った。


 「症状自体は珍しいものでもないし、珍しい病気でもないのか」「ただの疲れ、風邪かもしれん」

 「禅林の他の医師や薬師も当たってみよう。他の地域でもある病気かもしれないが、取り敢えず、今この地で集められるだけ情報を集めたほうがよい」と碧旋が言い置き、部屋を出て行く。

 「じゃあ、俺も行く」盛容が言うのに、「待て。盛容は女主族の支所に行き、女主族の病について聞いてきて欲しい」と昇陽王子が依頼した。


 夏瑚が目覚めたとき、見慣れない天井を見上げてぼんやりと記憶を手繰っていた。

 見慣れないのは、ここが故郷の母と暮らした家でもなく、海州の父の邸宅でもなく、羅州侯の城でもなく、学園の自分の部屋でもない。こうやって改めて考えてみると、十四年ほどの長くはない人生の中で、結構転居を繰り返しているのは不思議な気がした。


 天井は結構高く、埃っぽい。あまり掃除が行き届いていないようだ。この辺りが最高級の宿屋と言われない所以だな、と思う。夏瑚の好みとしては、もっと狭くてもよいから、掃除は行き届いているほうが好ましい。

 この部屋の格と、実際に払った宿賃を比較しながら起き上がると、姫祥が隣の寝台から「お嬢」と呼び掛けてきた。


 「姫祥も具合悪いの?」と聞きながら、そろそろと寝台から下りる。

 「眩暈がして、ちょっと熱っぽい。横になってだいぶましになったけど。そっちは?」夏瑚に脈を取られながら姫祥が答える。「眩暈はなかったな。なんか、頭に血が上っていたみたい」夏瑚は自分の記憶を振り返って、自分の行動を考えてみると、だんだん恥ずかしくなってきた。

 ずいぶん碧旋に腹が立っていた覚えがある。今考えるとなぜそこまで腹が立っていたのだろうと不思議だ。確かに碧旋の言い草がちょっと意地が悪い気がしたのだが、自分もなぜ碧梓を庇う気持ちになったのだろうか。


 「その時は熱かったから、熱があったかも。でも、今はそんなことはないな」と立ち上がった途端、内股にぬるりといた嫌な感触が走った。

 驚いて下に目をやると、赤い雫が床板の上に小さな丸を描いていた。

 それが何かは知識があったから、すぐにわかった。女性にはつきものの現象なので、『聖母』である夏瑚には、割合に早い時期に説明があったし、夏瑚の母親も幼い頃に教えてくれていた。

 ただ、通常は成人の儀を終えてから始まるものなので、まさか今起きるとは思っていなかった。


 姫祥も知識はあったので、「着替えはあるし、一応当て布もある」と言った。本来は包帯や何かに使おうと思っていた予備の布だが、目的には十分だ。姫祥は起きて、荷物を漁り始めた。

 姫祥には床を拭いてもらって、夏瑚は着替えた。

 「気分はどうですか?」姫祥が尋ねてくる。「ちょっと腹部に違和感はあるかも。痛いと言うほどじゃないけど」夏瑚は答えて、これでは歩くのにも気を使うな、と思って寝台へ戻った。

 「姫祥も本調子じゃないのに後始末させてごめんね」と謝ると「大丈夫。そこまでじゃないから」と姫祥は答え、「でも、なんでそうなったのかわからないから不安です」と呟いた。


 「何?どうしたの?」盛墨の声がして、扉が薄く開く。中には入ってこず、「調子はどう?」と扉の隙間から呼びかけてくる。「うるさかった?入って」夏瑚が声を掛けると、「ちょうど目が覚めただけだよ。二人とも、具合は大丈夫?」

 盛墨は上着を羽織って格好で、寝起きなのは明らかだ。しかし表情は明るいので、気分は良さそうだ。「もう起きられるの?」と聞くと、「はい、もう平気」と言って、二人の寝台の傍までやって来た。

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