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前触れ5

 手紙を持って姫祥が外出した。

 顧家が雇った護衛に付き添われて、鳥便屋へ行って、配達を頼んできた。

 その後、しばらくして夕食の時刻になり、夕食ならば全員集まるだろうと思い、昼寝していた盛墨に声を掛けて起こした。

 盛墨の身支度を待って、宿の食堂へ向かう。


 食堂では、手洗い用の水と湯が用意され、台拭きや手拭き用の布巾、小さな屑籠、などを乗せた小さな手押し車を姫祥が押し、水差しを夏瑚と盛墨が持つ。

 王子の部屋へ入ると、劉慎と扶奏が椅子を移動させて、支度を手伝ってくれた。姫祥が卓を拭いている間に、壁沿いの棚に水差しを並べた後、盛墨と食堂へ戻る。

 焼き立ての餅の入った籠を盛墨が持ち、羹の鍋を掲げて夏瑚は慎重に歩いていく。


 溢しては大変なので、夏瑚は足元に注意を払っていた。階段を上り切って、一息ついた時に横に碧旋が立っているのに気づいて、たじろいだ。

 思わず体が揺れ、傾いだ。それにつれて鍋が傾くことにぎょっとする。中身は熱い汁物だ。

 一瞬血の気が引いたが、両腕を掴まれ、姿勢は元に戻った。碧旋は無言で手を離し、鍋を夏瑚の手から持ち上げて、歩き出す。

 夏瑚は動揺が収まるのを待って、碧旋の後を追った。

 「ありがとう、持つわ」と申し出ると「礼を言うな」と言われた。

 羹の鍋を持ったまま、碧旋はすたすたと歩いて行ってしまった。夏瑚はなぜそんなことを言われたのか、不思議に思いつつついていった。


 両王子の部屋へ戻ると、盛墨、顧敬も戻ってきており、全員で食事にすることになった。顧敬はおどおどしながら手伝いを申し出たが、手つきが怪しいので断った。

 再会してからの顧敬はなんだかしょぼくれていて、学園で初めて出会った時の始終いきりたっているような態度は何だったんだろうと思う。まるで別人だ。

 特に碧旋に対する態度ががらっと変わった。いろいろ思い悩んでいたことが、すべてひっくり返されたので、変わったのだろうけれど、これが碧旋が文字通り男爵家の嫡子でしかなかったら、こんなに変わっていたかどうか疑問だと思うのは、ちょっと意地悪だろうか。


 そういう意味では、誰に対しても碧旋は変わらない。誰に対しても等しく割と無礼だ。でも、それも隠された王族、というある意味最強の立場だからと考えてしまうのは、夏瑚の意地が悪いのか。

 碧旋は鍋を壁際の棚に置き、傍らの手洗い器で手を洗うと、羹を器によそい始める。盛墨がその器を受け取って配膳していく。盛墨となにやら喋っているようだが、声は聞こえない。いつもと特に変わりない様子だ。


 姫祥と夏瑚も配膳を終えて、夏瑚は自分に用意された席に着く。

 盛墨も自分の席に座り、全員がまだ着席していない碧旋を見た。碧旋は鍋の蓋をして手を洗い、卓の周りをぐるりと回って、二人の王子の間に立って、昇陽王子に耳打ちした。その後、乗月王子にも耳打ちする。

 耳打ちを終えると、昇陽王子が手を挙げ、碧旋はその手に紙片を載せた。昇陽王子はその紙片を眺め、右側の眉を上げた。そして、夏瑚を見て口を開いた。

 「海州の慈恵院というのは、どのような所かな?」

 碧旋はこれを調べていたのか、と一瞬頭に血が上り、すぐに一斉に引いて行った。思わず碧旋を睨みそうになりながら、隠し事をしていたのはこちらだと言い聞かせた。


 結局、王族の周囲に侍るには、個人的な隠し事はこうやって暴かれてしまうのだろう。そちら側から見れば、危険人物や下心のある者は忌避されるのだから。隠し事をされれば、それがどういうものかを確認せずにはいられないのだ。

 頭の片隅では、王族たちの立場も理解してしまう。でも、これはかなり不愉快だ。他人の私信を暴くのは、無礼極まりない行為だし、場合によっては犯罪だ。


 夏瑚は姿勢を正し、王子たちを一目見てから、頭を下げ、両手を胸に当てた。「私と姫祥がお世話になっていた寺院です」きっぱりと言い切って、その姿勢を保つ。

 「説明できないのか?」昇陽王子は紙片を指に挟み、ひらひらと振る。たぶん、手紙の内容が記されているのだろう。

 「女性特有のことで相談なのです」夏瑚は少し棘を感じさせる声で答えた。「それを他人には話したくございません」


 「なるほど」昇陽王子は納得してはいないようだが、それ以上は追及しないようだ。

 「夏瑚殿」乗月王子が落ち着いた様子で話しかけてきた。「失礼かもしれないけれど、我々に対して隠し事はしないで欲しい。我々もできるだけ信頼関係を築きたいと思っているのだから」

 「碧旋様のご行為もですか?」夏瑚が思わず言い返すと、乗月王子が困った顔になった。

 「別にあんたを狙い撃ちしたわけじゃない。情報を集めに鳥便屋に行ったら、あんたの私信も引っかかったってだけだ」盛容も宥めるように横から口を出す。間諜のような真似は嫌う人かと思っていたが、そうではないらしい。軍人として諜報活動の必要を理解しているからか、上位貴族としては当然のことだと思っているのか。

 劉慎が席を立ち、床に膝をつこうとしたのを目にして、夏瑚は我に返った。

 

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