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変事4

 「じゃあ、夏瑚が行きたいところから行こう」碧梓はまだ夏瑚の手を握ったまま言う。一番偉いのは両王子だってことは出で立ちからわかるだろうに、碧梓は夏瑚の返事を待っている。

 夏瑚が両王子を見ると、乗月王子が苦笑し、昇陽王子は一つ頷いた。二人とも自分が優先されなくとも気にしない。それはわかっていたが、一応確認しておくと夏瑚は「では、店を見たい。何を売っているのか、食べ物とか、特産品などを」と告げた。


 碧梓が夏瑚に目を付けたのは『聖母』だったからだ。

 女主族の者は、その多くが女であることの不利益や苦悩を嫌と言うほど味わっている。

 男が皆悪いとは限らないが、少なくとも男にはわからないだろうという思いを持っている者がほとんどだ。ここで生まれ育った者はともかく、逃げてきた者は苦汁を舐めてきている。

 周囲の人間がそうなので、女主族の中で生まれ育った者も、男に対してはあまりいい印象を持っていない。


 女主族が接する男は、禅林にやってくる商人や役人、そして一番多いのは子供を作りにきた奴らだ。

 商人はとにかくがめつい。金の計算を誤魔化す奴、商品を少なく質の悪い物にすり替えたり、こちらの商品をひたすらこき下ろす者。下心を見せて商品の代わりに付き合いを求める者、商談をしながら体を舐めるように見る者。


 役人は主に官警で、基本的に女主族は娼婦だと思っていて、男の財布を狙うと決めつけたり、痴情の縺れで事件を起こすなと何もしていないのに怒鳴ったりする。

 もちろんまともな人もいる。そういう人は、娼婦のように見られがちであることを注意し、身を守るように忠告してくれる。それは善意であることは間違いない。けれど何も悪いことをしていない側がいろいろ気を配り、窮屈な思いをしなければならない理不尽さにうんざりしてしまうし、時にはそのような忠告も尊大に言い放たれれば、善意だとも思えなくなる。


 そういうあれやこれやを例えまともな善人であっても、男に理解させるには骨が折れる。いや、むしろ善人であるほうが理解できないのかもしれない。女を虐げる者は、男に対してはそのような素振りは全く見せないものだから。

 だから女主族にとっては男と接するのは、女に対するよりも面倒なことなのだ。

 聖母は生まれつきの女をさすので、未成年だろうと思われた年齢でも、夏瑚は女性で間違いない。

 それならばきっと女主族とは通じるものがあるだろうと思ったのだ。


 それに役人と聞いている二人は、服装も高価なものらしく、態度も何だか偉そうに見える。

 全員それなりに裕福そうに見えるので、聞いているよりも金を持ってはいそうだ。役人の小間使いと聞いている夏瑚が、とてもきれいな肌と髪をしている。小間使いでも、定期的に手入れをしている証拠だ。

 まさか、役人の愛人にでもなっているのか?と疑って役人二人を睨んでみたりする。

 まあ、碧梓は愛人を否定しない。身分制度がある以上、身分が大きく隔たった場合に一時的に愛人関係となることは珍しくないし、それ以外縁を結びようのないこともあるのが現実だからだ。


 しかし、他の小間使いたちも身綺麗であるところを見ると、愛人だからと言う訳でもないようだ。

 二人とも未成年だろうか。それでも華奢で大人しいところを見ていると、女性的な二人だ。この二人にも警戒心は湧かない。

 護衛の一人が顧家の養女と言うのが理解できない。しかし、顧敬も他の人も肯定しているので、碧旋と呼ばれる少年らしいこの子が顧家が迎えた養女で間違いないのだろう。


 落ち着かない気分で一行を案内するべく、まず通りを歩いて目ぼしい店を紹介する。

 通りだとか店だとか呼んでいるが、道は踏み固めただけで舗装もされていないし、店も建物ではなくただ敷物を敷いたりして商品を並べているだけの露店である。

 禅林に出たことがあるので、舗装された大通りや店員が二階に住んでいる店の建物を見たことはある。禅林は結構繁栄しているらしいけれど、流石にもっと大きな町は他にもあるだろうから、きっと建物も道も立派なところをこの人たちは知っているのだろう。


 そう考えると、女主族の居住地を案内するのは気が重い。

 露店の店主はみな顔見知りだ。

 野菜を売っている宗さんは、夫に骨折するほど殴られて、折れていない方の腕で子供を抱えて三日三晩走り通してここまで逃げてきた人だ。何とか治った右手は未だに完全には動かないけれど、子供は無事に育って畑を耕すようになっている。親子で作った根菜は細いけれど強い味がする。


 この人たちは女主族一人一人の事情などには興味はないだろう。でも、女主族は血縁で結びつけられた集団ではなく、そういう一人一人の事情を支え合っていることで成り立っている集団なのだ。それを理解しない者には、ここに来てほしくはないのだ。

 碧梓がどこをどう言って紹介すべきか思案していると、きな臭い匂いを感じて我に返った。

 それとほぼ同時に、碧旋が「火だ」と叫び、走りだす。 

 碧旋は露店の商品とその持ち主の正面に跳び、背後に並んでいる荷台に着地した。荷台には藁で包まれた商品が山のように積まれている。その着地した足のすぐ傍の藁包みから小さな炎が立ち上がっていた。

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