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変事2

 さほど待つこともなく、顧家の従者が走ってきた。

 「火事だそうです、女主族の支所から東側3丈の辺りで放火らしき痕跡あり」

 「消火活動は」「既に禅林の官警が周囲の警備に当たり、水桶を運んでいるとのことです」「引き続き情報を収集せよ」昇陽王子が命じると、従者がまたすっ飛んでいく。

 本当なら顧家の従者なので顧敬が対応するのが筋なんだけれど。顧敬はどうもそういうところに頭が回らないらしい。


 しばらくすると禅林の官警の小隊が現われて、「消火は成功した」と周囲に告げて回った。混乱していた人の群れは緊張を緩めて、やがてそれぞれの方向へ移動していった。

 気がつくと碧旋が戻ってきていた。「現場を確認したのか?」昇陽王子が尋ねると碧旋は頷いた。「我々も現場を見たほうがよいのでは?」と乗月王子が言う。

 盛容が官警に話しかけて、馬州の役人一行だと名乗り、火事のことを尋ねた。


 本来ならいくら役人でも他州の役人には禅林の官警に対する権限などない。

 しかし役人とは言え、両王子は明らかに貴族の出で立ちだ。

 下っ端の官警は日常的に貴族に接することはない。代官や領主がたまに訓示をする際に遠くから見る程度で、運悪く厄介な事故や事件に関わった場合に限られるだろう。

 直接上司でなくとも明らかな上位者に官警は緊張し、しどろもどろになりつつも相手の希望にできるだけ沿うように丁寧に説明してくれる。


 火事の現場を見たいと言う希望に怪訝な顔をしつつも、余計なことは言わず小隊長は承知して歩き出す。隊員は道の両脇に下がり、夏瑚たちを遠巻きにして周囲を見張っている。

 現場は、裏路地の奥で広葉樹が茂っている。「立派な木だな」盛墨が言って樹高などを目測し始めた。

 この禅林や女主族の居住地瓶淀山があるこの一帯は、乾燥地帯と、雨季には雨がそこそこ降るがそれ以外は雨は滅多に降らない肥沃な平原の境に当たる。基本的には水さえあれば植物が育つが、数年に一度旱魃に続き、乾燥地帯がゆっくりと広がっている。


 その傾向は盛墨たちの馬州や顧敬の孔州にもある。領地運営の一つの課題にもなっている。

 作物に優先して水を使うので、実用に供していない樹木が大きく育てることはない。果実樹や木材用の木々ではないのは、かなり密集してはえていることからわかる。

 「この森は女主族の境界の森です」隊長が説明してくれた。

 壁の代わりに女主族の居住地の周囲をぐるりと囲んでいるのだという。そのせいで中を見通せないほどに植物が入り混じって生育しているわけだ。


 地面に黒い炭の痕跡があり、木の幹の表面も焦げている。しかし、それほど大きな痕ではない。第一水分を含んだ生木はそれほど燃えたりはしない。

 「油を使ったな」と劉慎が呟く。そうでもしないと生木に火は付かないだろう。

 油の匂いはそれほど強くはなく、痕跡も小さなものだ。「こんなことは初めてです」隊長が言う。歓楽街を有する禅林では、喧嘩などの揉め事は多いが、放火はなかった。それで小さな付け火の割に騒ぎになったのだろう。素面の人間の多い昼間だったのも騒ぎになった一因かもしれない。


 結局犯人は見つかっていないとのことだ。夏瑚たちが人の流れを見ていても、怪しい挙動の人間は紛れていなかった。

 路地裏には周囲の建物の裏口があるきりで、ちょっとした物干しや物置に使われている。その辺りの住人や店員以外が入ってくることは考えにくい。

 油が使われたことを考えると、失火でもなさそうだ。

 計画的に放火された、と考えると逆に生木に少量の油というのも不思議だ。


 「示威的な行動か?」昇陽王子が首を傾げ、「反応を試しているのかもしれない」と碧旋が言う。「誰の反応だ?」「それがわかれば犯人の目星もつく」乗月王子が頷いた。

 「どんな反応があると思う?」「特に反応はないかも」盛墨が路地から広い通りの人波を眺める。「ほら、もう元通りじゃない?官警が少し巡回する人数を増やすとか、それくらいかも」

 「だとすれば、また、やるかもな」

 隊長に付近の建物に入っている店のことや、住民のことを聞く。その辺りの関係者が恨みとか感情の縺れで起したことも考えられる。


 「子供の火遊びってことは、ないですよね」夏瑚の言葉に皆は首を傾げる。

 「火遊びって、平民の子供は幼い頃から火の扱いは仕込まれるよ。貴族の子息はそんな必要はないだろうけど、平民の子供は何かと家の手伝いをさせられるから。火や刃物の扱いは危険だと一番に教えられるはず」碧旋は答え、「そう考えると逆に貴族の子供なら、火を遊びで扱うことがあり得るか」と考えこんだので、「貴族でも乾燥地帯の住民は火の怖さは身に染みてる」と盛容が不満を鳴らす。

 乾燥地帯でなくても火は怖いものだが、乾燥していると特に火は大きく広がるのが速くなる。それに水か貴重なので、火の扱いには気を使うように官警も呼びかけているとの話だ。

 「そう言えば消火設備はないのですね」皆で通りに戻る道すがら、乗月王子が辺りを眺めた。「宇州では、大通りや広場に水場や貯水槽が備えてあるのです」と扶奏の鼻息が心なしか荒い。 

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