女主族5
盛墨は目をきらきらさせながら、栗副官の肢体がいかに均整がとれているかを語り続けた。
夏瑚も栗副官はかっこいいと思う。でも、それ以上に応族長の話し方、表情、何より自分よりも身分の高い王族を相手取ってやり取りする態度が流石、と言う感じだ。族長と比べると、切れ者の片鱗を見せていた昇陽王子も手玉に取られているように思う。
夏瑚は未だに二人の王子を前にすると緊張するのに。だから、その二人をものともしない応族長をかっこいいと思うのだろうか。
部屋に戻るときには夏瑚と盛墨は居住まいを整えて、表情を改める。できればあとで、二人のかっこよさを語り合いたいと思いながら。
部屋に戻って、卓に食事を並べる。もういいと言われたので、給仕はせず、話がしづらいから結局全員で卓を囲む。姫祥だけは落ち着かないというので、隅の椅子に座って膝に盆を載せて食事をすることになった。
しばらく応族長と栗副官の印象を語り合い、うっかり盛墨が美人率のことを口を滑らせて、皆に引かれる一幕があった。
そのあと「あの案内人のことはどう思う?」昇陽王子に話を振られた。
皆顔を見合わせた。
「碧梓と紹介されたよな」盛容が腕を組んで唸る。
「後で顧敬に事情を聞こう」昇陽王子が言い、水を口にした。
顧敬は顧家とつながりのある子供を探して、女主族のところへ来た。そこで会った子供が程梓、先代侯爵の子供で、顧敬の又従兄妹である。
その子がどうやら揉め事に巻き込まれたようだというのが顧敬の相談事だったのだ。
碧梓と紹介されたので、もしかすると別人かもしれない。しかし、応族長との会談を振り返ってみるに、顧敬との関係も巻き込まれている揉め事とやらもすべて承知の上で、案内人として指定したのではないか。
顧敬も揉め事の全容はわかっていないようで、程梓と会って事情を聞いてほしい、と頼まれたというのが昨日のことだ。
「これは結構な問題だな」碧旋が食事を終えて呟くのが耳に入った。
「とにかくまず問題の正確な把握が必要だ」昇陽王子がそれに応じ、関路を手招きして、何かを耳打ちした。関路はすぐ部屋を出て行った。
「碧旋、関路は使いに出す。お前が護衛役に就いてくれ」昇陽王子の決断に、皆一気に緊張した。
「程梓さんの名前に何か意味があるのですか?」夏瑚は昇陽王子ならば答えるだろうと思って、遠慮しなかった。本当に厄介な揉め事に巻き込まれるのならば、皆の認識をすり合わせなければ危険だ。
「碧旋殿のことを調査させていただいた時に知ったのだが」やや躊躇いがちに劉慎が言い始めた。皆が話し合っているときに劉慎が発言するのは少し珍しい。王子が答えを求めたとき以外は積極的に口を出すのはあまりない。
自分のことを調べられた聞いた碧旋は特に表情を変えない。乗月王子がちょっと眉を上げ、碧旋の様子を見た。貴族としては当然のことなので問題はないだろうが、本人の前で調べたとは明言することはないので、劉慎としてはわざわざ余計なことを言ったことになる。
「碧、と言う姓に意味があるのですよね?」と劉慎が王子たちと碧旋を眺めまわす。
その点は夏瑚も不思議に思っていた。
碧旋は雷男爵家の嫡子なのに、なぜ雷旋ではないのか?以前劉慎と話した時にはまだ調査が終わっていなかった。
「碧旋殿が雷男爵家の縁者だということはすぐ判明しましたが、嫡子なのか縁者に過ぎないのかがはっきりしませんでした。姓が雷ではなかったからです。調べていくうちに本家で跡取りとして扱われている様子だったことがわかって来たので、遠縁から跡取りとして引き取られたのではと考えていましたが、我が父から気になる情報がもたらされました」
「劉侯爵ならば道理だ」昇陽王子が静かに頷く。
「兄上はご存知なんですね。私は知りませんが」と乗月王子が不思議そうにつぶやくのに「私の方が年上だからな。そのうち教えられていたと思うぞ。それほど重要な話でもないし」昇陽王子があっさり答える。
「俺は知らん」盛容が言う。夏瑚が皆を見る限り、劉慎が話す情報に心当たりがあるのは昇陽王子と碧旋だけらしい。
「そういう事態にならない場合、後を継ぐまでは知らせないかもしれない」昇陽王子は説明する。「ということは現当主は知っているということだな」「そうだ。侯爵以上の当主、族長も知っているな」
「碧という姓の由来?ですか?」盛墨が質問する。
「碧は、正式な姓ではない。華州公の設定した姓だ」
王族は基本的に姓はない。それでお忍びのようなときに使う姓がいくつかあるらしい。そんなものその時々に決めればよいと思うが、その「姓」が一種の暗号の役目を果たしているのだという。
「暗号?」「符丁のようなものだ」
「父は「碧」という姓は、保護すべき人物につけるものだと。王族を始めとして、有力貴族たちがその姓を誰かに名乗らせると、他の貴族にもこの人物を保護してほしい、便宜を図ってほしいということが伝わるという仕組みだと」
それで碧旋は雷ではなく碧なのか。
雷は特殊とは言え、男爵家に過ぎないが、雷ならば高位貴族からの保護が受けられる。
「ということは、程梓さんも「碧」と名乗らせて保護を受けさせたいということ?」夏瑚が言うと「そういうことだろうな」と昇陽王子が肯定した。




