女主族3
応族長の態度を見れば、初戦は族長の勝利ということだろう。
族長の立場からすれば、未成年の王族たちが自宅に押し掛けてきたのだ。何をやらされるか、予防線を張っても無理もない。
昇陽王子は平静な表情だ。乗月王子も先ほどまでちょっと気落ちした様子だったが、ちらりと碧旋に目をやってふっと肩を落とし、姿勢をもとに戻した時には穏やかな表情に戻っていた。
正体のばれた両王子は勉強のために視察がしたいと端的に告げる。
「それだけですか?学園の蔵書でも十分でしょうに」応族長の返答は素っ気なかった。
「わからないことだらけだ」昇陽王子は言い返す。
事前に女主族の情報を調べたけれど、情報は少なかった。疑問が次々に湧いてきて尽きなかった。
そもそも、どうやって女主族が成り立っているのかがわからない。
夏瑚は寺院にお世話になった時期があるし、姫祥がいるので、聖別の儀式については結構知っているのだ。
寺院では成人式を行っていない。お祝いの宴をしたりはするが、肝心の聖別の儀式は行っていない。
それなのに知っているのは、寺院の僧がもともと聖別院の僧だったからだ。
聖別院は偉華で最大の宗派で、聖別の儀式を実行できる教団だ。長年聖別の儀式は聖別院の独壇場だったが、十数年前に洗礼派という分派が生まれている。
洗礼派は集団で出奔したので、教団としての体裁を整えることができ、法律の庇護も受けることができた。それで聖別の儀式も実行できたのだが、一人で教団を抜けた僧には見逃す条件として聖別の儀式について口外しないことを科せられたのだと聞いている。
資料によると、女主族の中で子供が生まれて成人すると、約八割以上が女性になるのだ。
確かに性別はある程度は選択できる。他の地域では男性を選ぶ率のほうが高い。しかし、結果として七割には達しないのが実情だ。男性を選んでも、男性化に向いていない者が存在する。男性を希望する者はもっと多いはずだと夏瑚は思っている。もっとも男性化を希望しながら、叶わなかった者の人数についての情報がないので、確たることは言えないけれど。
それを考えると、八割の確率はすごいことだ。
女主族の居住地内に聖別院の教会があり、そこで成人の儀式が行われているらしい。だから聖別院の内部には、事情を知っている人もいるかもしれない。しかし、それを知る伝手はない。王族の両殿下でもその情報は得られないのだから、普通の手段では不可能だろう。
「知られて困ることばかりではないでしょう」突然碧旋が口を出す。
隅に控えていた小間使いが口を出す場面ではない。
応族長は何も言わず、そちらに目も向けない。栗副官が体の向きを碧旋の方へ変えた。
すると碧旋も、僅かに腰を落とし、栗副官に正対する。盛容も栗副官へと姿勢を変えた。
「そちらの方は、馬州公子ですか」応族長はため息交じりの声音で呟く。「身分を隠していらっしゃるのは、両殿下だけではないとおっしゃるのですか?ならばご紹介いただきたく」
その辺りも知っていそうだが、隠し通すつもりでないならはっきりさせろということらしい。
「小姓に扮した一人が、盛墨公子」昇陽王子はたんたんと名前を呼び、盛墨はあっさりとした拱手の礼をする。
「こちらの秘書官もどきが劉慎侯子」その後を流れるように乗月王子が引き継ぐ。「先ほどの無礼者が私の側近の扶奏です。兄の側近の関路と」夏瑚たち小間使い組を手で示す。「劉夏瑚侯子、顧碧旋侯子、劉家の侍女です」
「聖母ですね」応族長の言葉に夏瑚は顔を上げる。「素晴らしい力をお持ちね。羨ましいくらい」応族長は真直ぐに夏瑚を見て、にこりと笑った。
「ありがとう存じます」夏瑚は丁寧にお辞儀をした。
実のところ、聖母をもてはやす人を好きだったためしはない。しかし、なぜか応族長の物言いは、嫌な印象を与えなかった。
それにしても、応族長が夏瑚のことを知っているとは思わなかった。
名前を聞いただけで、その人の六感を言えるというのは、情報を集めていたからだろう。女主族の居住地と劉侯爵家とは領地が離れているので、特別接点はない。だから広く情報を集めていると推測できる。
だとすると、他の面々もある程度は知っているのではないか。
応族長の向こう側で、栗副官がこちらを睨んでいる。一瞬自分に向けられたのかとひやっとしたが、その視線は夏瑚を通り越して碧旋を見ている。
碧旋はまたもや目をつけられたらしい。ものすごい美人というわけではないのに、どこか人の目を惹くところがあるようだ。でもその魅力は揉め事絡みのようでもあるので、羨ましくはないのだが。
ちょっと心配してしばらく様子を窺っていたが、程なく栗副官は目を逸らした。それで夏瑚も安堵して族長たちの話に注意を戻した。
終始、族長の主導権の下、話が進む。昇陽王子は幾度も食い下がり、乗月王子も加勢に入るが、あまり効果はないように思う。
もっとも、族長も適度に譲歩するつもりではあるようだ。「突っぱねるつもりではないんだろうな。どちらかと言うと、どんな風に交渉してくるのか、それを試してたんじゃないか」と後で碧旋が評していたが、それは正しかったと夏瑚も思った。
 




