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女主族2

 乗月王子の顔に一瞬驚きの色が現われた。そしてそれを周囲の人間が認めたことに気づいて、今度は肩を落とした。

 昇陽王子は笑いを漏らして、「そんなにすぐに諦めるな」と言った。

 「そうですね。こちらがかまをかけただけでも、その態度ではばれてしまいますね」応族長はにやりとし、すぐに表情を引き締めると、「まだお若いお二人に余計なことを申しました」と目線を落とす。

 「失礼であろう」扶奏が鋭い語気で咎める。


 すると、栗副官がすっと目を細め、肩を後ろに動かした。体の左側を少し前を出し、心持ち右足を後ろにずらしている。

 言葉は発しない。扶奏を明らかに睨んでいる。

 「無礼はお前だ」昇陽王子がぼそっと呟く。

 夏瑚は息を吞んで事態を見守っていた。


 これは政治的な駆け引きというやつではないか。

 両殿下は王族なので、当然この中では一番高位の人間となる。しかし二人とも未成年である。しかも、ここには視察の名目で、実のところ自分たちの勉学のためにここへきている。女主族のことを知りたいのは学生たちのほうである。つまり女主族に頼む立場なのである。


 族長という立場は、偉華では3名いる。偉華創建時に王家に協力した少数民族を、王国は自治領として遇することにした。

 地位としては、公爵は王家の近親、侯爵は遠縁なので広い意味での王族であるのに、伯爵からは臣下となる。族長は臣下というより協力者との立ち位置なので、侯爵の下伯爵の上に相当する。領地となる自治領の格付けは様々だが、統治権の強さから言えば、侯爵より上ともなる。


 先ほどの応族長の軽口は、確かに王族に対しては失礼にあたるだろう。不敬というほどではないが、王子自身が不快の念を表明すれば、謝罪せざるを得ない。

 しかし、直接咎めたのは扶奏である。扶奏は乗月王子の側近であるが、社会的には子爵子息に過ぎない。それも次期子爵ではない三子だ。いずれは平民になるかもしれない立場なのである。

 王子の代理としてだとしても、立場が弱すぎる。


 王子が庇えば、また話は違ってこよう。

 それでも未成年に対して成人として常識を教えるのだ、とも言える。

 ある視点から見ればどちらかが有利なのだが、別の視点から見るとそれが逆転する。どちらも自分が有利な点を押し出し、主張することで駆け引きしている。


 夏瑚は今までそういう政治的な駆け引きというものを見たことがなかった。

 父夏財が人と対応する時は、息子や妻、商会員などが相手ならば、完全に夏財が上という立場で接している。逆に取引相手に対しては下として遜るような態度を取る。

 同格の商会長などは礼儀正しいが、さらっとした付き合いだ。情報交換はしているようだが、あまり親しくしているところは見たことはない。

 当然、夏瑚の義父となった劉侯爵に対しては、ひたすら大人しくしている。軽薄な様子はない。むしろ失言しないように言葉を厳選しているようである。


 こうやって女主族の二人を見ていると、父は相手が誰であっても力比べをするようなことはしなかったのだと思った。そう考えると、自分の有利な点を言い募ったり、相手の有利な点を躱したりして競り合いをするのは政治家のすることなのだと思った。

 そして応族長と栗副官を見ていると、政治的な力というのは、暴力のような実際の力と地位や資金などを背景にした力を適切に操るものなんだとわかってきた。


 それに応族長と栗副官の連携がすごい。

 栗副官がどの程度の武人なのかは知らない。客観的に考えると王族の護衛をしている関路のほうが強そうに思える。もし応族長と昇陽王子が揉めれば、関路はしっかり彼を守るだろう。けれどその力を政治的な意味で誇示して応族長の交渉を手助けしたりはしない。

 栗副官自身にも政治的な判断力があるということだ。彼女がただの護衛ではなく、副官というのもうなずける。


 この二人は長く一緒に働いているのだろうか。ものすごく息が合っている。

 栗副官に睨まれた扶奏は、息を詰まらせ固まってしまった。扶奏は成人男性だが、武人ではなく文官でちょっと線が細いかもしれない。

 栗副官はとても強そうだ。関路も盛容も、緊張して副官を見ている。本気で襲い掛かってくるとは思ってはいないだろう。少なくとも両殿下に何かするとは思わない。しかし、扶奏の顎に拳を叩き込むことぐらいはやりそうな雰囲気だ。


 正直扶奏が怯むとは意外だった。

 夏瑚から見て、扶奏は生粋の貴族で、夏瑚なんか簡単に手玉に取られてしまうのではないかとちょっと苦手に思っていた。

 それがどうだろう。案外簡単に押し負けているではないか。

 「控えなさい、扶奏」乗月王子が少し慌てているようだ。

 「いえ、こちらが言い過ぎましたね」応族長がすかさず答える。「礼儀もままならぬ蛮族です。お許しください」と言いながら、栗副官に目配せすると、副官は目を伏せ姿勢を戻す。

 「これ以上失礼を働くのは心苦しい。宜しければ、早速ご要望をお聞きしましょう」応族長の顔から微笑みが消え、背を伸ばして背もたれに寄りかかって、一行を眺め渡した。 

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