女主族1
役人に扮した両王子だが、乗月王子は髪を垂らし、うっすらと紅をさしていた。服装は役人らしく麻の薄緑の長着を二人ともまとっている。乗月王子は下に赤みがかった黄、昇陽王子はくっきりした青の下着を重ねている。
役人なので、装飾品は指輪程度、但し乗月王子は垂らした髪を一房飾り紐で巻いている。昇陽王子は男性的、乗月王子は中性的に見える。
どちらにしても役人という立場上かなり地味な服装だ。
さらに、その秘書官である劉慎と扶奏は二人とも麻の藍の長着をまとい、小間使いの夏瑚と盛墨、姫祥、碧旋は子供がよく着る半袖と短めの長着を着ている。動きやすいので結構気に入っている。着心地は悪くない。けれど飾りはほとんどなく、自分と姫祥で裾や袖に麗糸で縁を飾ってみた。
碧旋のほうは飾りを褒めてくれたけれど、自分ではしないと言って、「西から入って来た服で、こういう飾りのついたものがあったな」という。
盛墨は興味を示した。自分でもやってみたいと言ったけれど、慣れない手つきで危なっかしかったので、学園に戻ってから習うことになって、その場では夏瑚と姫祥が飾りを作った。
護衛の盛容と関路はまあ、いつもの鍛錬用の服装だ。
この一行で女主族の支所に向かうのは、やや不自然だ。小間使いの人数が多い。平民出身の役人なら、小間使いは一人も連れていないか、一人くらいだろう。
それぞれ二人も連れているのは明らかに貴族、それも高位貴族の出身者だ。
碧旋は剣を一本背中側の帯に差し込んでいる。護衛もできる小間使いという設定だろうか。
女主族の支所には、多くの人間がいた。
女主族には意外と楽に面会することができる。
一つには、商売についての面会申し込みが優遇されている。女主族も現金収入を欲しているのだろう。商会からの申し込みは優先的に許可されるらしい。
それから子供を欲する男たちも簡単に許可が下りる。最も許可はおりやすいけれど、すぐには監視が外れない。まずは数人ずつ広めの部屋に通され、大きな卓を挟んで言葉を交わす。男も女主族の女も複数で、卓の反対側には移動できず、触れることはできない。部屋の中には二人ほど監視人がいると言う。
その後は双方の希望によって、数回の面会が行われて関係を持つことになるらしい。
一行は視察なので、どちらでもない。事前に申請はしておいたので、許可は既に下りている。
申請は馬州の役所の長から行われ、裏書は馬州公である。馬州は隣接州であり、王族に連なる家系なので、許可が下りないわけがない。女主族としてはすぐに獲得できる利益はないだろうけれど、友好的には接しておきたい相手ではある。
禅林の領主は郭伯爵で、代官が常駐している。郭伯爵は王族にも面識があるので、直接面会すれば正体はばれていただろう。
しかし範という代官は、当然王族の顔などは知らない。小間使いを二人ずつ連れた貴族のぼんぼんを胡散臭げに見て、早口で対処していた。
様々な資料をもらい、配慮に感謝して、その場を切り上げた。
代官は女主族の支所に案内して立ち去った。
女主族の支所には、いくつも出入り口があった。商売や子作り目的の窓口はそれぞれ別に設けられており、それ以外は正面玄関から入って行く。
盛墨と碧旋が先触れをしたので、両王子のすぐ後ろを夏瑚と姫祥が従っていく。
それほど広くない玄関に二人の女性が待ち構えていた。
二人ともそれなりの年齢らしく、髪は白いものが混じっており、口の周りには深い皺がある。一人は腰に剣を佩いている。
髪の結い方は女性のもので、後頭部の下あたりで少し緩めに纏めている。剣を佩いている女性は大きめの銀の輪飾りで髪を飾っている。
剣の女性は短めの上着に下穿きをはいている。子供や若い女性が着る普段着の形だが、落ち着いた赤の下穿きに澄んだ白の上着はなかなかいい生地だ。
もう一人の女性は簪を三本差した、かなり手の込んだ髪形をして、小さな刺しゅうを施した長衣をまとっている。
二人は頭は下げず、拱手した。
「ようこそ、禅林へ」そう言ったのは簪の女性だ。
「お出迎え、感謝します」昇陽王子が同じく拱手を返す。乗月王子も同じように返礼する。夏瑚たちは膝を曲げて礼をする。礼をしないのは護衛だけだ。
剣の女性は少し下がって、扉を押し開けた。「こちらへどうぞ」剣の女性が先に正面の部屋へ入って行く。
室内はそれほど広くはない。
同じ木材と革を使った椅子が三脚置かれている。椅子の側に小さな机がそれぞれあり、椅子は一脚と二脚に分かれて並んでいる。向かい合った椅子の間はかなり広い。
「そちらへおかけください」
簪の女性がにっこりと微笑む。
簪の女性が現在の女主族の族長応と名乗った。
剣の女性は副官であり、護衛の栗だと紹介された。
応と両王子が腰を下ろすと、護衛が背後に立ち、小間使いの四人は入り口近くの部屋の隅に控える。
「改めて、ようこそいらっしゃいました、両殿下」応はもう一度拱手してそう言った。
 




