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禅林4

 翌朝、姫祥と共に起き出した。やや硬めの寝台も、幼い頃使っていたものを思い出させて懐かしく居心地の良い夜だった。十分寝眠った後のすっきりした体を精一杯伸ばす。

 姫祥が手早く髪を梳かしてくれ、顔を洗う。小間使いの役なので、装飾品は一切しないことにした。庶民でも女性はいくつも腕輪をつけたり、大きな耳飾りをぶら下げていたりするが、質の悪い金の耳飾りは頭痛を招くし、腕輪は家事の邪魔になることがあるからだ。

 普段家事をしている女性なら腕輪に慣れているので、それで家事がやりにくいということはない。夏瑚は母親の手伝いをしていたから全くできないわけではないけれど、父親に引き取られてからはお嬢様として扱われたし、父親の正妻も家事をしていなかった。家事そのものは人に任せ、その人の監督をするのが上流階級の妻というものだ。


 同じく盛墨と碧旋も起き出してきた。

 碧旋は早朝鍛錬をしているらしく、この時間に起きるのは慣れているようだ。

 盛容はぼんやりとして目をこすっている。碧旋に手を引かれて食堂へ向かう足取りが頼りない。

 朝一番の仕事として、厨房でお役人用の食事をもらって、両王子に供する。

 夏瑚と姫祥は昇陽王子、盛墨と碧旋は乗月王子の部屋へ行く。昇陽王子の秘書官に劉慎が扮しているので、その方が気が楽だろうということでその組分けになった。


 朝食は大量の焼き立ての薄焼き餅、同じく薄焼き卵、少し冷めた根菜の羹、蘇と瓜を和えたもの、それに茹で鳥の薄切りが添えられている。朝からかなりの量だが、二人分と言いながら、側近、小間使いの分も含まれている。

 時間が勿体ないというので、劉慎と夏瑚は昇陽王子と共に食事をする。姫祥は側に控え、昇陽王子が食べ終えると劉慎も席を立ち、そこに姫祥が座って食事をとった。


 全員の食事が終わると、食器を厨房に戻し、お湯を運ぶ。それを使って顔をもう一度洗い、歯を磨く。

なかなか小間使いらしいと、なんだか夏瑚は楽しくなってきた。やるべきことが次から次にあるのは、気持ちが引き締まる。一つ一つ片付くのがちょっとした達成感があってよいのだ。


 食事と身支度を終え、さてそろそろ出掛ける時刻かと思った時、劉慎が夏瑚たちを呼びに来た。先に碧旋達に声を掛けたらしく、昇陽王子の部屋の前に立ち止まっていた。

 事前の打合せかと思っていたが、劉慎に続いて室内に入ると、そこには見慣れない若者が一人いた。


 一瞬、禅林の代官か何かだろうか、と思った。しかしそれにしてはもっと若く見える。

 代官が何歳かは知らない。それでも一応禅林の全権を委託されている役人なので、仕事を始めて数年程度の人間では務まらないだろう。身分が高い人間が経験を積むために就任する地位は副官辺りで、代官そのものは実務もこなせる人間であるべきだ。

 挨拶によこすなら、それこそ副官が派遣されるのに相応しいかもしれない。


 夏瑚が伏し目がちに小間使いらしい態度を取りつつ、観察していると、若者はいきなりがばりと床に身を投げ出して「誠に申し訳なく存じます!」と叫んだ。

 びっくりしていると、若者の正面に座っていた昇陽王子が苦笑している。その傍らに立つ碧旋が苦い顔をして声を出さずに「馬・鹿・か」と口を形作った。

 そして若者の手を掴んで引っ張り上げて立たせ、「侯子、おやめください」と言った。


 侯子?と心の中で繰り返した時に、頭の奥に沈んでいた記憶が閃いた。

 顧侯子だ。

 まじまじと遠慮を忘れて眺めると、確かに記憶にある顔立ちだ。しかし、すっかり意気消沈して項垂れている。

 「無事でよかった」昇陽王子は涼しい顔だ。

 「行方不明だと聞いていましたが、なぜここに?」乗月王子は戸惑っているようだ。


 この辺りで行方不明だと報告を聞いていたけれど、まさか禅林にいたのだろうか。それとも夏瑚たちがここに来ることを知ってここまで来たのだろうか。

 それに顧侯子はまるで出で立ちが変わっている。以前のいかにも貴公子という装いとは異なり、昇陽王子たちのような地味な色合いと装飾品をつけない変装用の服装とも違う。夏瑚たちが着ている小間使いの扮装に近い。しかし、もっと色あせて着慣れた風合いの上着と下穿きだ。靴に至ってはかなり形が崩れている。


 「昨日お見掛けいたしましたので」顧侯子は素直に答えた。

 服装もそうだが、態度も変わっていた。今と比べると、学園にいた頃は無駄に力んで何もかも空回りしていたようだ。今も緊張しているのは変わらないが、過剰な背伸びは無くなった印象を受ける。

 とつとつとした語り口で顧侯子が説明したところによると、行方不明になったと言われている期間、ずっと禅林にいたらしい。


 「なぜ連絡をしなかった?」昇陽王子は厳しい口調で言う。

 「あまり知られたくないことでしたので」顧侯子は答えて、再度項垂れる。

 「それは学園における責務よりも重要なことだったのだろうな?側近のいない碧旋が困るとは考えなかったのか」「考えました」顧侯子は碧旋の方を見る。申し訳なさそうな顔だが、真直ぐに向き合っている。

 「ただ、私が戻ったほうがよいのか、戻らないほうがよいのか、判断できなかったところもあります。ここにいるべきだと感じたということもあります」

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