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もう一人の侯子と養子のあれこれ2

 革を解くと、内側はさらに薄い紙で包まれていた。その紙には、黒い模様がついていた。その紙を取り除こうと手に取って、それが文字であることに気づいた。顧敬は慌てて目を逸らし、その紙を丁寧に畳む。弓弦には革をかけておく。

 わずかに読み取った文字は、「息子へ」と読めた。


 顧敬が聞かされた碧旋の生い立ちは、母一人子一人で育てられたというものだった。その母親も一年近く前に亡くなっている。今頃届いた贈り物が母親の物だというのは、時期がずれているように思う。

 こういう荷物だと知っていたら、受け取りに行かなかったのに。顧敬は後悔したが、もう遅い。なぜ碧旋に黙って受け取りに行ったのか、自分で自分の行動が不審で仕方がない。

 碧旋に関わってから、自分の行動は狂いっぱなしだ。どうも冷静に判断できていない。

 弓弦をどうするか決められないまま、論科の顔合わせの日を迎えた。


 朝食の席で、顧敬はさらに深く後悔することになった。

 いつもは定刻ぎりぎりに現れる碧旋が、椅子に腰かけ、窓の外を眺めていた。顧敬が室内へ入って行くと、ゆっくりと顧敬のほうに向き直る。

 目が座っている。これはばれた、と悟り、腹に力を込めた。

 二人向かい合わせで食事をする間、誰もしゃべらなかった。給仕をする従者が思わず震え、再三食器が鳴ったが、誰も咎めない。


 顧敬は目を上げず、何とか食事を終えた。ちらりと見た碧旋の表情は冴え切っていた。綺麗な人間が怒るとこれほど迫力があるとは思っていなかった。恐ろしい半面、ようやく真剣になったな、と思ってしまった。

 食事を終えた碧旋が作法通りに指を濯ぎ、手巾で手を拭いて、立ち上がった。

 「返してもらう」

 吐き捨てられたその声に、顧敬は顔を上げた。碧旋の後姿が目に入った。部屋を出ていこうとするところを、急いで呼び止める。「渡さない」


 本当に渡さないつもりではなかった。ただ、振り回される身の上としては、引き換えに譲歩が欲しかった。

 碧旋は一瞬足を止めたが、そのまま振り返りもせずに出て行った。


 その後論科の時刻までに打ち合わせをしたかった顧敬が、碧旋を探させたが、見つけられず、結局時刻に談話室の前で合流することになった。

 当然、顧敬が懸念していた通り、質素な格好で、髪形も滅茶苦茶だ。しかし、時間を違えることはそれ以上にまずい。

 腹立ちが隠せなかった顧敬だが、先に追い出されたことで、少しは冷静さを取り戻した。論科の面々には悪い印象を与えてしまっただろう。一年接する間に挽回できるといいのだが。

 いや、それ以上に碧旋との関係のほうが問題だ。


 その日は顧敬は碧旋とは会わなかった。どういう顔をして会えばいいか、わからなかったのもあるし、冷静になれた自信もなかったのだ。そもそも自分が冷静さを失っていることに気づけたのは良かった。自分では気づいていなかったが、ずいぶん前から冷静でなかったようだ。


 顧敬の従者と、少し話をした。従者から見ると、碧旋と出会った時点から、もう顧敬はずれ始めていたようだった。自覚はできないが、原因が碧旋だとすれば辻褄は合う。

 突然養子と言う名の義理の兄弟ができたこと、自分が考えていた養子像と現実の碧旋が違っていたこと、そのずれを正そうとしてむきになっていったこと。父の思惑がよくわからなくなったこと、諦めた学園に碧旋の力で入学したこと。顧敬が拘泥する事実がいくつもある。そういうもやもやをこれほど抱えたことはなかった。

 いっそのこと、碧旋を放逐すると、決心してしまえたら、楽になるだろうか。父の意向に逆らうことになるし、自分もせっかく入学した学園を去ることになる。貴族としての矜持に傷がつくだろう。


 翌朝、朝食の席に碧旋は現れなかった。

 身構えていた顧敬は、肩透かしを食らって、ほっとしたようながっかりしたようなよく理解できない気分だった。碧旋にはいろいろと新しい感情を教えられているようだ。

 朝食が終わっても碧旋は来ない。

 朝食を抜くのは好ましくない。護衛に呼びに行かせた。護衛が戻ってきて、部屋から応答がないことを告げた。

 碧旋の部屋へ行き、扉を叩くも、反応がない。自分が呼びかけても逆効果かと思ったが、護衛では反応がなかったのだから、呼びかけてみる。案の定反応はない。

 碧旋の今日の予定は礼法の授業があるはずだ。しばらく碧旋の部屋の前にいたが、自分の授業もある。礼法の授業に参加するところに迎えに行くことにする。

 時間を見計らって、喫茶室へ向かう。そこから出てきた夏瑚と盛墨公子に碧旋の居場所を聞く。授業には参加したようだったが、僅かな差で逃げられた。

しばらく探し回ったが、捕まえることができずに自室に戻り、弓弦がなくなったことに気づいた。


 

 「顧侯子は一晩探されていたそうですが、これほど探し回って見つからないのなら、学園内にはいらっしゃらないのですかね」

 朝食の際に、情報を仕入れてきた姫祥が開口一番で言った。昨日から気になっていたのだろう。確かにいなくなったとは尋常ではない。学園は王宮の一部でもあるので、出入りに関しては厳しい。ちゃんと許可を取っていれば出入りはできるが、入学したばかりのこの時期には、火急の件でもない限りはなかなか下りないものらしい。





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