もう一人の侯子と養子のあれこれ1
自分に特別に秀でたところはない、と顧敬は知っている。知るまでには何度か痛い思いもしたが、その傷もだいぶ癒えた。それでも、貴族であり、侯爵という高い地位を授けられて、領地領民を預かっている以上、父のように努め続けなければならない。
父は真面目な人だ。冗談が通じない、面白味のない人だ。それが自分の欠点にもつながると思えて、一時はあまり好きではないと思っていた。でも、人からどう思われようが、評価されなくとも地道にやるべきことをやっていく姿に、偉い人だと思えるようになった。
入試に挑んだのは、自分の力を試したかったし、父の跡を継いで領主となる自分にとって学園に学ぶことは大きな財産になるだろうと思ったからだ。けれど、父と同じく、王宮で中央の権力に接近しようという気持ちはなかった。こつこつと勉強することはできるが、生き馬の目を抜くと言われている中央で、自分がやっていけるとは思わない。
だから、父から養子の話を聞いた時には驚いたと同時に、がっかりした。父は、自分の能力を冷静に判断して、領地を守ることに集中していると考えていたから。余計な欲は出さないことを尊敬していたのに。
顧家に現れた碧旋を見て、この美貌のせいで、父親は欲を出したのかとわかった。そのうえ、顧敬が碧旋の側近として学園に行けることを、喜ぶだろうと考えているらしい。
まさか顧敬を入学させるために合格できる人間を探し出したのか、とも思ったが、詳しい経緯は説明されなかった。
野心を持って、碧旋が近づいてきたのだろうか。だとしたら、望みは学園に入ること?それともより高い地位?権力へ近づくため?それはわからないし、どういうつもりであっても、顧家のためになるように考えて実行していくだけだ。
碧旋に礼法や踊りの講師をつけ、装飾品や衣服を選ばせた。礼法の講師は碧旋にやんわりと断られ、踊りの講師は辞去した。服は少し受け入れたものの、顧敬が目を離した隙に逃亡した。
ようやく捕まえても、今度はだんまりだ。ようやく口を開いたかと思うと、「私はあなたの思惑の役にはたちません。余計な散財はされぬように」と来た。
放逐してやろうかと考えた。しかし、学園のほうには既に碧旋の入学許可の受諾を連絡してしまっている。側近を辞退しようかとも考えた。碧旋はけろりとして、「誰も必要ない」と宣う。顧家の養子として届を出した以上、誰もつけないというわけにはいかない。家名にかかわる。
碧旋に振り回されながら、顧敬は準備を進めた。
その腹いせというのは、確かにあったかもしれない。
学園の寮に入り、荷物を運びこませた。道中はおとなしかった碧旋だが、寮では勝手に姿を消し、探し回る羽目になった。碧旋は必要ないと言ったものの、ある程度の物は顧敬の判断で持ち込んだ。それ以外にも顧敬の物も、従者たちの物もある。
侍女も二人連れてきた。碧旋の世話係で、一人は顧家で副侍女長を務めていた人間だ。これくらいの者でないと碧旋をおさえることは不可能だと思って同行してもらった。何やらよく話はしているようだ。
論科の顔合わせには、十分な準備をしたかった。王族との初顔合わせになるのだ。
顧敬は何も細工をしなかった。できなかったと言っていい。父の侯爵にもできなかっただろう。学園には何のコネもなかったからだ。しかし、側近宛に、乗月王子の側近扶奏から手紙が届けられた。「一年間、よろしく」と。事前に知っていたのは、乗月王子と同じ組になったということだけ。
昇陽王子も同じ組だとは思っていなかった。馬偉公子たちのことも、羅州侯子たちのことも知らなかった。
ただ、知らなかったのは同じ組であるかどうかだけで、夏瑚が「聖母」であることは、寮人の噂で耳にしていた。これは強敵だと思った。さすが羅州侯だ。有用な人材も揃えている。「聖母」であると言うだけではないだろう。健康で、多くの子供を産めるというのは、この上ない「妃」になりうるが、平民の娘を養女にするには、それ以外の美点も持ち合わせているはずだ。
確かに魅力的な娘だった。清楚で、おとなしい感じの美人だ。彼女が正学生だと知って、感心した。きっと真面目に勉強に励んだのだろう。同時に、碧旋のほうが、美しいと思った。
夏瑚は劉慎とうまくやっているようだった。自分の暴言にも戸惑っているようだったが、終始落ち着いていた。劉慎のほうがやや感情的に反応した。貴族らしく面子に関わることには敏感だ。
自分の対応はあまり褒められたものではなかった。
論科の顔合わせまでに、碧旋を捕まえられなかったから、かなり動揺していたのは認める。
その前日に、碧旋宛に荷物が届いた。乗合馬車で、一人の男が抱えてきた物だった。外苑の詰所で留め置かれているという連絡に、碧旋には告げず、一人赴いた顧敬がその軽い荷物を受け取った。一抱えある、薄く伸ばした革に包まれた歪な塊を、顧敬はとりあえず自室に持ち帰った。
包みを開くと、木製の弓弦だった。木製の胴に、弦を張って弓で擦って音を出す、楽器の一種だ。人気のある楽器で、王宮でも、下町の酒場でも見ることができるものだ。