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碧旋の素性7

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 昇陽はまだ幼かったので、叔父のお祝いだからとだけ、聞かされていた。

 公爵家の令嬢として育った母は、周囲の評判としては育ちの良さを感じさせる鷹揚な人柄だと言われている。実際鷹揚だと言ってもいいが、ようは殆どのことに興味を持っていないだけだと思う。

 侍女たちが主人を飾り立て、その地位を盤石なものにしようと奮戦している間、母は欠伸混じりに筆頭侍女の言葉を聞き流していた。


 昇陽はいつもよりも一段と煌びやかな衣装と、重たげにさえ見える金製の髪飾りを身に着けた母親を見ていた。確かに母は美しかった。

 母はいつも優しいが、自分にそれほどの強い興味を抱いていないことは薄々勘づいていた。昇陽が健康でいること、勉強がよくできること、剣や武術などにもそれなりの冴えを見せていることは、「良かったわね」と褒めてくれる。

 風邪を引いて発熱してしまったこと、注意をされて腹を立て、食べたくなかった山菜を床にぶちまけたこと、そういうことに対しては「残念ね」と言われる。

 良くも悪くもそれだけだ。


 大きな不満はなかった。母のように美しくていい匂いのする人に、褒めてもらい、笑いかけてもらうのは嬉しかったし、たまにしか会えなくても、母は「高貴な人だから」仕方がないのだ。それも、父と同じ。

 どうしても胸がしくしくするときは、乳母がみんなにこっそりと抱きしめてくれる。乳兄弟の関路が黙って手を握ってくれることもあった。


 乗月とは違う。

 乗月は、第二妃の子で、一緒に遊ぶときも必ず第二妃がついてくる。乗月が転ぶと、大きく叫んで駆け寄り、侍女に手当てをさせる。

 最初のうちは、息が苦しくなった。貴妃が乗月を抱き寄せたり、頬や頭を触ったりするのを見るたび、感情が波立ち、自室に戻って一人になると泣き出すこともあった。


 しかし成長するにつれ、その気持ちは薄れて行った。

 関路だけを連れて王宮から抜け出し、王都を遊びまわったときも、母は「楽しかったなら、よかったわ」と微笑んだ。侍従たちには叱られたけれど、母の言葉は少し嬉しかった。

 昇陽がやりたいと思ったことは、全部が全部王子に相応しいとは限らない。もちろん法的には問題はない。それでも保守的な側近たちからは止められたり叱られたりすることもある。側近の立場では王子を危ない目に遭わせるわけにはいかないなど、納得できる理由があるけれど、母はやはり少し違うのだな、と思った。


 貴妃のように始終一緒にいて、世話をして、心配をしてもらいたいと思うこともあった。でも、成長するにつれて、自分のやりたいことに反対せず、穏やかに認めてくれる母も、悪くはない、と思うようになっていた。

 母の心持はわからない。ただ、心を傾ければ傾けるほど、自分の希望に沿うように働きかけていくようになるものだろう。貴妃は、自分の息子には健やかさだけでなく、優秀さや従順さを求めているように見える。

 王位に就くことも、求めているように見えるのは気のせいだろうか。


 いや、それが求められるのは、ある意味当然なのだ。

 妃たちはそれぞれに実家の思惑を背景に背負っている。そしてそれを無下にできないのも、当然のことではある。お互いに肉親の情を抱いているなら、それを無視できない。

 そう考えると、母が自分から距離を置いているのも、わかるような気がした。母は、昇陽に自由を与えたいと思っているのではないだろうか。


 母である淑妃は基本的に公式の行事全般に興味を示さない。必要な行事にはきちんと出席するし、最低限の務めは果たすが、それ以上のことはしないようにしていた。寄付や宗教的な行事、社交の集まりもあまりしない。全くしないわけではないが、第二妃の貴妃よりは少なく、但し、問題視されるほど少なくはない。

 「関心のあるものだけに関わっておりますのよ」と説明しているとの噂だが、実際は計算された行動なのかもしれない。


 身内である王家の行事も、実家である公爵家の行事でも同様だ。

 幼い頃は昇陽もそれに準じるように指示されていた。

 人間関係での好みが現われるに従って、その選択は細心の注意を払って決められていたように思う。親しい者とは親しくできるように、但し、その派閥に取り込まれぬよう、また、敵対派閥とは過度に距離を作らないように。


 後から考えれば、常にそう考えて行動していた母が、珍しく微笑んで昇陽を伴った王家の集まりが、叔父の祝いだった。

 母が直接昇陽を伴うことも稀なことだ。いつもならば、双方それぞれの側仕えを引き連れて、それぞれ会場へと向かうことになる。

 その集まりが、側仕えを極力排除したものだったために、母子はともに行動することになったのだ。そうすれば護衛が少なくとも危険は減る。

 ごくごく少ない直系の王族のみに限って集まり、華州公を祝福するための儀式に臨んだ。

 「あれは一種の婚姻の儀式だった」と昇陽王子は呟く。


 叔父は小柄な人だった。特別人目を惹く人ではなかったが、穏やかでいつもにこにこしていて、昇陽の話を黙って頷きながら聞いてくれるので、大好きな叔父だった。

 あまり血色はよくなく、小柄なのも病弱なためと聞いていた。

 何を質問しても答えてくれた。とても物知りで、物語もよく知っていた。

 始終会える人ではなかった。王族がこぞって参加するという新年の祈祷祭にも現れない年もある。

 滅多に会えなくとも、優しい人柄は皆に好かれていた。大人になりつつある昇陽が皮肉を込めて考えると、権力とは関係のない叔父は誰にとっても無害だったのだろう、とも思う。

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