学園の謎12
どのような思惑であれ、多くの男が女主族との婚姻を目論んで、禅林を訪れる。
そして、その男たちや女主族の金を目当てにやってくる者もいる。人が集まれば、宿も必要になるし、酒場や商店も賑わう。
女主族は婚姻以外にも、禅林で商売をする。居住地からあまり出ない彼女らは、居住地で作った商品をここで売り出す。もっと需要があるとわかったり、引き合いがあったり、ここでは売れないが遠隔地では売れるという情報を得たものは、遠出して売ることもある。
逆に居住地では手に入らないもの、手に入りにくいものを買いに来ることもある。そういう商売のために禅林に来る商人もいる。
だから禅林はその規模の割に、人の出入りが激しい。
「活気がある分、問題もある。人の出入りが激しいということは、治安にとっては大きな問題だ。素性の怪しい奴は入り込むし、認識されないうちに悪事を働いて逃亡するんだから。それに、そういうつもりの奴が多いから、歓楽街が膨れ上がっている」
平然と説明を続けていた碧旋がここで言葉を止める。「貴族の令嬢が赴く場所かどうか、心配してるんだよ、こいつら」
なるほど、盛墨体の歯切れが悪かったのは、そのせいか。
確かに、夏瑚は庶民と言えども、お嬢様である。幼い頃は、父親の別邸で、護衛付きで暮らしていた。あまり外には出ず、母親と数人のお手伝いの人たちを暮らしていた。料理、洗濯、掃除などはその人たちがやってくれて、外出するときには荷物持ちと護衛が二人付いていた。
当然歓楽街には縁がなかった。
夏瑚が歓楽街に足を踏み入れたのは、姫祥のことがあった時だ。
しかも、訪れたのは昼間である。夏瑚が見たそこは、華やかさなどまるでなく、どの店も閉まっていた。街角に数人の男が集まっていたが、じろじろとこちらを見るだけで、特に何もなかった。
夜はきっと賑やかで、大勢の人がいて、喧嘩なんかもあるのだろう、とは想像するが、それ以上のことはあまりわからない。
ただ、皆で行くのなら、危険はないだろう。それにもう、子供ではない。学生ではあるけれど、成人や結婚が視野に入っている年齢だ。
しかし、貴族の養女となり、このまま貴族に縁付いて権力に近づくことになるのなら、そういう場所も知っておく必要があるだろう。歓楽街がない領地はない。
「私も参ります」夏瑚はきっぱり言うと、「まあ、そうくるよな」碧天は頷く。盛容は難しい顔になる。「では、護衛を増やすか」
「私が行くと、負担が増えますか?」
「いや、貴女のせいではない」盛容が空を掻き消すようにぶんぶんと手を振った。「こいつが」ふった手をそのまま、碧旋の頭上に下ろす。「痛い」不満そうに碧旋が口を尖らせた。「一人で行動したいなんてほざくからだ。皆でまとまっていれば、貴女の安全も問題ないのに」
両王子はいつ何時でも身辺護衛がつく。しかし学生であるし、今回は公的な訪問ではなく、大勢の騎士などを引き連れて向かうような場所ではない。
できるだけ護衛の数は減らしたい。歓楽街ではあるが、物騒な事件は少ない町だ。女主族も自前の警備態勢を敷いていて、それがかなり実力を示している。
女主族に全面的に頼るわけにはいかない郭伯爵も、面子をかけてしっかり治安維持に努めているようだ。規模の割には駐屯した領軍は精鋭揃いと言う話だ。
しかし、護衛は必要だ。特に場所柄、女性は危険性が高い。禅林を訪れる人間は女が目当てでやってくるからだ。
学生は皆未成年だから、男の格好をすればあまり絡まれずに済みそうなのだが、夏瑚はれっきとした女性だ。男装をさせても、恐らく違和感があって誤魔化すことは難しそうに見える。
「でも、女主族に対しては、女性として接したら別の面が見えそうな気がする」と碧旋が言う。「女主族の居住地にも入れるんじゃないか?」「入れるかもしれませんが」盛墨がちょっと困ったように笑った。
「お前が一人で行動しなければいい」盛容が怒鳴る。碧旋が耳に手を当てて盛容から顔を背ける。「なぜ、一人で行動するつもりなのか?論科のために必要なことか?」劉慎が口を挟む。劉慎がこういう言い方をするのは珍しい。夏瑚の護衛が気になるのだろう。
「わかったわかった」碧旋は諦めたらしく、劉慎に頷いて見せた。
「逆に全員女装したほうが安全なんじゃないか?」碧旋はそんなことも言ったが、夏瑚はいくら女目当てでも、護衛がついている訳ありそうな女にわざわざちょっかいをかけるだろうかと思う。
そんなことをしなくても、もともとの目当ての女は別にいるのだ。
どうやら今回の遠征先を選んだ責任を感じている盛容盛墨兄弟が過剰に気を揉んでいるようだ。
「そうれはそうと、この前見つけた隠し部屋はどうなっていますか?」夏瑚はふと思い出したことを聞いてみた。話題を変えてみれば、二人の焦った気持ちが落ち着くのではないかと思ったのだ。
「どうもなっていない。あれ以上、何もないから、放置している」碧旋が答え、それに被せるように
「絶対もっと何かあるはずだと思うんですよね」と盛墨が言う。