学園の謎11
挨拶を交わした後、盛墨はちょっと沈んだ表情になり、「今度の遠征先、夏瑚様には行きづらい場所だよね。ごめんね」と言った。
まさに遠征先の情報が欲しかった夏瑚だったが、盛墨の言葉の意味が分からず、首を傾げた。「禅林、ですよね?行きづらいって、どういう意味ですか?」
盛墨は盛容と顔を見合わせ、劉慎の方を見た。劉慎が「私も禅林については詳しくないので」と答える。
「えっと、禅林は女主族が出張してくる町なんだよね」盛墨は声を詰まらせつつ、一言言って兄をすがるように見る。見られた盛容のほうは、両手をぶんぶん振っている。首もついでに振っている。
「そうなんですよね。彼女たちは居住地以外は、禅林にしか、来ないんですか?」夏瑚は話の流れはわからないながらも、とりあえず思いついた疑問を尋ねる。
「そうらしいね。例外的には遠出する人もいるだろうけど、常に一定数の女主族がいるらしい」
「禅林は馬州の町ではありませんよね?領主は郭伯爵だったと記憶していますが、ご親戚と言うわけではないはず。どういった経緯で、推薦されたのですか?」劉慎が横から気になっていたことを聞く。
「馬州に桓葉と言う町があるのですが、そこの領主が女主族の支所を誘致する話が出ているのです」
盛墨の説明によると、公爵家の家臣が治めている桓葉はこれといった産業がない寒村である。何とか税収を増やしたい領主が、その梃入れとして女主族の支所を誘致することを考えたのだ。
「確かに人の出入りは増えるから、宿泊や購買の需要は増すだろうが」碧旋が長い息を吐きだした。「問題も抱え込むことになるのは承知なのか?」
「予想はしてる」盛墨がゆっくりと頷いた。「その意味でも、視察に行きたい思惑もあるんだよ。当然桓葉からも正式に派遣されているはずだけれど。我々の勉強としても有用だろうと思って」
確かに昇陽王子の目的に適った遠征先のようだ。「確かに勉強になりそうですね」と夏瑚が言うと、盛墨は「そうなんだ」と口では相槌を打ちつつも、視線が泳いでいる。
不思議に思って盛容と碧旋を見る。盛容は目を逸らした。碧旋は真っ向から視線を受け止め、ふうっと息をついた。
「あんた、平気そう?」と言う碧旋にあいまいな表情で首を傾げると、「女主族の支所はいろいろやっているけど、一番注目されているのは、女主族の婚姻の斡旋をしていることだ」
「資料に書いてありました」夏瑚が頷くと「女主族は、婚姻と言っても要は子供が欲しいだけで、夫と夫婦として生活するわけではないんだ。つまり、一時的に関係を持って、子供ができたら居住地に戻るんだよ」碧旋は淡々と説明してくれた。
どこか目の座った碧旋が平坦な調子で流れるように説明した内容はこうだ。
居住地には女性しか入れず、居住できないのが女主族の掟だ。
しかし、子供を持ちたい女性は一定数存在する。一人も出産しない女性は、中年になった時点で体調を崩しやすくなると言われている。一人出産する場合には亡くなることも少ないと言われていて、女性は一人か二人くらい出産するのが理想と言うのが通説だ。
その通説もどの程度信憑性があるものか、夏瑚はやや疑っているのだが、多くの人は結構信じている。
その通説のせいか、それともやはり女性となったからには子供を持ってみたいというこれもよくわからない本能?のなせる業か、出産希望の女性は案外多いのだそうだ。
しかし居住地では出会いがない。
そこで禅林の支所では、希望者同士を引き合わす斡旋をしているのだ。
男性は禅林まで来て、支所に出向き、自己紹介と希望条件を登録する。主に、出身地、身体状況、病歴などだ。
一般的に婚姻相手を紹介する見合いでは、双方の家柄や経済状況が大きくものをいうが、女主族の場合、男性と生活を共にすることは目的ではない。純粋に子供だけを得る婚姻なのだ。そのため、経済状態は不問である。家柄も、後で揉めごとにならない相手であればよいので、むしろ名家の人間はお断りなのだ。後継ぎだなんだと言われる方が問題なのである。
一番重要なのが身体状況と病歴である。これは、支所には医者も常駐しており、伝染するような病状はないか確認する。遺伝するような病気がないか、聞き取りもされる。
後は好みなどを考慮され引き会わされる。
その交際は基本的には短期となる。一度会っただけでどちらかが断る場合もある。一度同衾しただけで別れる場合もある。そのあたりは双方の意志による。しばらく付き合うこともある。
しかしどちらにせよ、長くは付き合わない。長くとも、出産したら終わり、なのだ。中には気があって、結婚して女主族から抜けていく者もいる。大抵は妊娠した時点で付き合いが終わるそうだ。
この制度を目当てに、禅林は賑わっている。
一種の娼館のように利用しようと考えている者も多い。
かなり真面目に考えて訪れる者も多い。体は丈夫だが、貧しく、真っ当な結婚は難しい者だ。それでも血の繋がった子供を持ちたいと願う者だ。